あらすじ:実に5年ぶりの社会復帰を果たしました。

働くのは楽しい。

久しぶりに働いて思ったのは、「働くことは楽しい。」ということです。

 

仕事内容は年賀ハガキの仕分けでした。単純に住所別に分けて輪ゴムで止めればいいだけです。

 

幸い年末年始の郵便局のアルバイトはそこまで厳しいことはない上、短時間なので復帰には最適でした。

 

そして思ったこととして、「やっぱり働くのは楽しいし、生活にハリが出る」と感じました。

 

私は久しぶりに働いて、あっという間に終わりました。楽しかったです。

 

コロナの発生、そして影響

私は自信を取り戻し、バイト探しを始めました。しかし、5年のブランクのある30後半の男を雇ってくれるところはなかなかありませんでした。

 

そんな中、コロナの影響が出始めました。この時は世間で初めての緊急事態宣言が出る前でした。

 

バイトの面接も延期になったり、中止になったりで、コロコロ変更されていました。まぁ全部落ちましたが。

 

そして、緊急事態宣言が発令されました。

 

緊急事態宣言の発令によって変わった出来事

緊急事態宣言が発令され、ほとんど外出しなくなりましたが、私にはすぐに影響は出ませんでした。幸いにも遺産と一軒家がまだ残っていました。

 

この緊急事態宣言中、近所の嫌がらせの主犯がこの機会を利用し、私が出かけるたびに問題のある人物だと周りに言いふらし始めました。

 

おそらくは、私が彼女たちの、私に対する陰口や悪口に苦情を言ったのを根に持っていたのでしょう(一方的に誹謗中傷され続けている本人からすれば怒るのは当たり前だと思うのですが・・・)。報復の機会だといわんばかりに、私が食材を買いに出かけたり、面接に行くたびに私が緊急事態宣言中に外出をしている問題のある人物だと周りに言いふらし続けました。私が家にいるタイミングを見計らっているようで、私が出かけないのをわかる時間帯に聞こえるように自分の話し相手に私が問題のある人物だと言うのです。

 

「本当に性根の腐った人間だ。」と、内心ものすごく腹立たしかったです。そしてこの時に、この近所とは縁を切ろうと決めました。

 

ここから近所同士の関係も変わっていきます。主犯は自分はマスクもつけずに、塾を一時的に閉鎖することもなく、緊急事態宣言が出ても、一切自粛せず、通常通りの暮らしをしていました(2021年現在もそうです)。

 

私の外出に文句をつけているのに、自分は普段と変わらない生活。当然周り近所もそれに対して疑問を抱きます。

 

主犯は周りに対して「私はいいの!」と根拠もない理由を語ります。この時から、ようやくこの主犯に問題があるのではないか?という風向きが生まれたのです。私に対して行っていることは「いじめ」と変わらないのではないか?と。

 

彼女たちはやがて集団になることは無くなっていきました。

 

とはいえ、主犯と取り巻きだった人間は、だいぶ頻度も減ったし個々にではありますが、私への陰口は現在も続けています。

 

夏の短期バイトでフルタイム。

夏になり、私は再び郵便局のバイトをしました。

 

夏のバイトは夜勤を1か月行いました。夜勤は以前一度だけ経験があるのですが、今回は肉体労働ということもあり、結構きつかったです。

 

ですが、フルタイムで働けたこと、さらに言えば筋トレのおかげで体力的にも十分持ったこともあり、かなり自信がついていました。

 

バイトが終わり、また無職になりました。そして、そのタイミングを見計らったように、主犯の難癖もまた始まりました。

 

私はこの頃、ずっと雇われて働く以外の選択肢、副業みたいな事に興味を持ちました。

 

新しい可能性を求めて・・・

コロナの自粛、求人は東京からずっと同じスーパーのみ。

 

私はここで、新しい視点を持ってみようかと考えました。

 

どうせキャリアは潰れた身です。そもそも転職ばかりで長続きはしていません。ならばいっそ開き直って、世間の一般的な常識やあり方が合わないなら、合わせないで生きられる方法はないか、探してみることにしました。

 

世の中の決められた常識、「みんな我慢している、みんな頑張っている。」閉鎖的で停止したようなその言葉に嫌気がさしていたのかもしれません。なぜなら私を今の状態に追い込んだのも、「世間」や「みんな」といったみんな同じという常識を盾にした連中の妬み、僻みだったからです。

 

「新しいことをしてみよう。」私は副業について調べて、試してみました。

 

せどり、WEBライター、個人民伯。色々調べて、試しました。中でもWEBライターは意外と面白かったのですが、単価のいい職は取れませんでした。何件かこなして怪しいものもありました。それは避けましたが、正規のライターとしては、なかなか稼げないものです。何件も落ちました。

 

主犯の態度に我慢の限界が来た

彼女は私に平然と話しかけてきたのですが、自分のしたことを詫びることもなく、「なかったこと」にして話しかけてきたのが頭にきて、話しかけられても切り上げて家に入りました。

 

その後、彼女は自分の取り巻きを強化するためか、周り近所には謝罪をして回ったのです。「私のそろばん塾の子供たちが迷惑をかけてごめんなさいね」と。

 

さらに自分は塾に来ている子供たちに「いじめをしてはいけません。」と教えています(どの口がそんなこと言えるんだか・・・人として本当に信じられない)。

 

私はこの時よく分かりました。私は「人間」として見られていないのだと。人間扱いしていないからあんなことをし続けられたのだと。

 

これほどの屈辱で黙っている気はありません。我慢の限界が来ました。仮にも子供のころには信用していたし、彼女も「あなたのことは孫みたいに思っている」と言ってくれた人です。

 

それが、私が自分の家族の遺産相続をしてからあそこまで変わりました。人は妬みに狂うとここまで変わるのかと。人間の醜さを嫌というほど思い知りました。

 

今回で自分の心の中にある子供の頃のこの町の思い出と決別することにしました。引っ越す気はありませんが、心に区切りをつけ、彼らへの情を完全に捨てることにしました。

 

前回の屈辱もあります。私はもう一度苦情を言うことにしました。

 

2度目の主犯との対決。

私は再び苦情を言うことにしました。

 

前回ほど苦痛ではありませんでした。むしろ、一つの壁を破ったことで、私はたとえ人に何と思われようと意見を言うことの大事さを実感しました。それこそが前回の最大の収穫でした。

 

今回、声の大きさで嘗められないよう、少し気を強く持つため、お酒を少し飲んでいます。いわゆるほろ酔いです。気力も十分でいざ向かいました。

 

チャイムを鳴らし、主犯が2階から顔を出します。しかし、降りてきたのは息子さんでした。

 

私は拍子抜けしました。本人が顔を出したのに、降りてきて話を聞くのは息子さんだからです。

 

どうやら主犯は私と顔を合わせたくないようです。

 

私は内心、呆れていました。「この程度の人間に苦しめられたのか。大したことないじゃないか。」と。

 

同年代もしくは少し年上の彼に苦情を言います。そしてもう一つ、問題があったのです。その点についても聞いてみます。

 

叔父のパソコンから出てきたもの

実は叔父のパソコンから、近所の主犯のそろばん塾の教材のデータが出てきました。しかし、働いていた事実は叔父からも聞いたことはありません。その件について問いただすことも決めていました。

 

まだいじめが始まる前、叔父はまるで使い走りかのようにこの近所の方々に使われていて可哀想だと、ほかの近所の方が言っていました。

 

そして、日頃吸うたばこの量が尋常ではないくらい増えていました。家に引っ越してきた当初、吸い殻が普段の量より驚くほど多かったのを覚えています。

 

パソコンから、旅行の写真のほか、そろばん塾の国語のテキストが出てきました。「なぜ、そろばん塾の参考書が?あの塾で働いていたのかな?」私は疑問に感じました。

 

もしかしたら叔父も、近所の方々から妬まれていたのかもしれない。そう感じました。人を便利屋のように扱い、陰ではずっと悪口を言っている。今の私と同じ状況です。

 

「私の近所の方々は人の心を持っていないのではないか?」そう感じるようになりました。

 

とにかく、聞いてみることにしました。私が引っ越しでこの家に戻ってくる前のこのテキストを。

 

悪口は自分に返ってくる。

息子に呼ばれ、主犯は降りてきました。そして答えます。

 

「ボランティアでやりたいからってやらせてあげたの。」と。

 

予想通りの答えでした。怒りは沸きましたが、私は主犯の顔に驚きました。

 

主犯の顔は、黄色く皺だらけ。シミまみれで目も口も恐ろしく暗く、髪は逆立っていました。

 

「人はここまで変わるものなのか・・・」と驚いたのを今も覚えています。ハッキリ言えば悪魔みたいな容貌でした。

 

1回目の苦情を言いに行ったときは分かりませんでしたが、化けの皮が剝がれるとはこういう事なのでしょうか。

 

脳は自分の言葉を他人へ向けたものと判別できない

実は人間の脳は、自分か他人かを判別できず、悪口を言えば言うほど本人を傷つけていることになるのです。

 

つまり、陰口を言えば本人は快楽物質が出るのでどんどんやめられなくなり、耐性がつくのでより多くの悪口を言うようになり、そして自分の放った言葉の区別が脳にはできないので、自分自身にも無自覚に体に影響を及ぼすようです。

 

理論ではそうでも、本当なのかは正直疑問でした。しかし私は主犯の顔を見た時に、確信しました。全部本人に返っているんだなと。いくら化粧をしても、誤魔化せないものなのだと。

 

話がすべて終わり、「さようなら。」私はハッキリそう言いました。息子さんが一歩踏み出してきそうなので、私も踏みとどまって睨みつけました。

 

今回、ハッキリと言いたいことは言ったし、2回目の対決は自分の中で完勝です。そもそも本人が出てこなかった時点で勝ったようなものです。

 

私は本当の意味で、「私」の尊厳を取り戻したのです。

自治会長に自治会を抜けると報告。

私は実は去年にも自治会に助けを求めましたが、無視されていました。今回たまたまですが、自治会長と副自治会長と話をすることになったので、今回で自治会を脱会することにしました。

 

正直、自分たちの時代の話をされても、困ります。私は今の時代を生きている人間です。ハッキリ言ってまだ私に我慢をしろという感じだったので、ブチ切れました。

 

かなり好戦的に自治会を抜けることを告げたのは覚えています。相手がどう思おうと知ったことか!と内心ヤケでしたし、この町の年寄りにはとっくに愛想も尽きていたので顔を覚える気もありません。既に忘れました。

 

彼らの表向きのあいさつにもウンザリしていたので、外であっても忘れてると思いますよ?と告げました。

 

おそらく、以前のままの私ならば、押し切られて自治会に残ったことでしょう。しかし、私は自分で主犯に対峙してから、本当に自分が変わったことを実感しました。

 

「自分を封じてまで人に好かれる必要はないな。」生涯孤独でも構わない。今はそう思います。

 

後日談

自治会長たちが私の家に話を聞きに来た後、話し合いが終わった後日談ですが、主犯はどうも今まで以上に口が悪く、私のことを「人間のクズだから。」と周りに言いふらしていました。声がでかいので私の家まで筒抜けですw道路挟んだら2メートルくらいしか離れてないのだから当然です。

 

「誰かあの子を消す業者知らないかね!?」と殺人もしくは土地の権利書の強奪を依頼する業者を近所の方を集めて聞いていたので(おそらくハッタリでしょうが)、まぁ本人にそんな度胸はないでしょうが、一応外出時は現在も警戒しています。本当にひどい逆恨みですよ。

 

主犯のこの老婆はその後、今も自分の家のそろばん教室で子供たちにそろばんを教えていますし、近所の方と「次は誰をいじめようかね?」と相談している声が聞こえたのですが・・・世の中には言葉でたとえようのない、本当に心の腐りきった人間が普通に生活しているんだなとよく分かりました。

 

この話をしていたのが2020年11月の終わり頃。ちなみに2021年2月現在、今のところ生存しています、私。

 

この1件から主犯とその取り巻きを見かけることはほぼなくなりました。別に私の悪口さえなければ特に仲良くしてようが知ったこっちゃないのでもう何とも思いませんし、いまだに誰一人謝罪の一つもないのに被害者面されているのは腹が立つので、家の中でも彼女たちの声が聞こえたら耳栓をするか、ヘッドフォンをつけます。

もう彼女たちも高齢なので、亡くなるまでの辛抱です。

 

ちなみに周り近所の加害者たちも自分たちのしたことはなかったことにして、私への陰口はたまにですが相変わらず続いています。加害者たちは今も子や孫、周り近所と仲良くやっています。謝罪の一つも一切ありませんし、私が外に出たら家の窓を閉めたり、すぐに家に入るくらいには迷惑がっています。周り近所の子供たちも私を見かけた途端、走って逃げます。

 

どうやら主犯が悪いのであって、自分たちは何も悪くないと本気で思っているようです。被害者の私から見ればこの人たちも加害者に変わりはありませんが。自己保身のために主犯に協力していたとはいえ、何年もずいぶん楽しそうでしたけどね。本当に、人間という生き物の醜さを嫌というほど見せられましたよ・・・・

 

漫画のようにハッピーエンドは現実ではめったにありませんからね。どれだけ理不尽な目にあっても報われないなんてことはよくある話です。

 

その後もたまに主犯を見かけましたが、偉そうに顔をそらしていました。私も一切挨拶もしませんし、無視を現在も続けています。今後も話をする気もありませんし、また不当な嫌がらせをするなら、苦情を言いに行くつもりです。もう今はこの近所の人間達は「敵」だと認識しています。

 

私自身はこの生まれた土地を離れ、家を手放し、暮らすのもいいかもしれないと思っています。まだ分かりませんが、私は再び動けるようになりました。可能性は無限です。そのためにはお金を稼げるようにならないといけませんが。

最後に・・・

現在は年末年始の1か月以上の短期バイトが終わり、ただの無職に戻りました。現在はクラウドワークスで時々仕事を見つつ、プログラミングの勉強をしています。まだ緊急事態宣言中なので無闇に外出できませんが。プログラミングの参考書などの過程でアップロードなどを学び、サーバー契約をしてドメインを取得してみました。

 

そしてWordPressが使用できることという条件の案件も多いし、自分もWordPressを使ってみたかったので、思い切ってやってみることにしました。それがこのブログです。

 

このブログの立ち上げは、今後のためにWordPressに慣れること、サーバーの使い方を覚えることなどが目的の一つとして始めました。

 

しかし、私のように少し特殊な事例で、同じように苦しんでいる方々の役に立てたらいいな、という思いもあり、メンタルの重要性を訴えていく予定ですし、役に立ちそうなものは紹介します。私の経験を見て、「ほかにも苦しんでいる人はいるんだ。自分も頑張ろう!」と励みになれば幸いです。

 

ブログに慣れて安定してきたので、プログラミングの勉強を再開しないといけません。いずれプログラミングだけで、短期バイトなどをせずともこれだけで暮らしていけるように月20万くらいは稼げるようになりたいです。

 

あの地獄の日々に比べたら、今は生きているだけでも儲けものです。そして今後も自分の人生を生きていこうと思っています。

 

 

近所とは私の中で縁を切りました。近所の方々は目が合った時に相手がそらさなければ軽く一礼くらいです。世間話も挨拶も基本はしません。

 

私は彼らから見れば、人間のクズであり、性格の悪い頭のおかしい人間として扱われ、広められるでしょう。そういう人たちです。

 

しかし、これを読んでくれた皆さんはどう思いますか?私は加害者なのでしょうか?

 

相手達から一方的に始まった何年にもわたる陰口や悪口の難癖をつけられ続け、それに対して苦情を言っても、加害者たちは誰一人非を認めず、謝罪の一つもなく、それどころか逆恨みまでして、コロナを利用して私を問題のある人物だと町に広めました。私を無職と広めたのも彼女たちです。なにも自分たちのしたことを一切フォローもしませんし、責任も取りません。

 

私はそれだけの罪を犯しましたか?ただ母の実家を引き継いで戻ってきた相続人であり、それまではフリーターとはいえ、バイトや派遣会社で働いて一人暮らしをしていました。

2トントラックが2往復するほどの量の遺品整理に一人で追われていただけで、また社会に戻ろうとしていましたし、今も自分の働き方を探してはいるものの、労働意欲はありますし、短期バイトも時々こなしています。

 

彼女たちの一方的な心ない言葉に何度も自殺未遂と人間不信に追い込まれ、日常生活すら本当に危うい状態を何年も経験している私です。

 

それでも、私が悪いという方もいるでしょう。私は普通ならあり得ない幸運を授かったのだから。幸運には代償がある。あなたはそれを受けただけだと。金さえあればなんでもできるじゃないかと。(そんなに多くないんですがね。相続した遺産。)

 

私は近所の方々が考えているように、生きている価値のない、人間扱いするべきではないクズでしょうか?それは皆さんの判断にお任せします。

 

たとえ私は皆さんの判断を聞いても、受け入れる気はないからです。「私が生きたいから生きる。」私は誰かに否定されても、私が生きる自由があるように、皆さんが私を非難するのも自由だと思います。重要なのは、「人の意見を聞いて自分の意思を無条件に変えるのではなく、聞いた上で自分はどうしたいのか。」だと考えています。その結果対立しようと不仲になろうと、今後も自分の意見は大事にしたいです。

 

世の中には、本人に会うこともなく、人づてに聞いた噂だけで相手を嫌い、差別する人間も多いです。皆さんがそうならないように、自分の頭で考えて、自分が出会って、生きていく中で判断してほしいと願います。

 

同じ社会で生きている一人の人間として、真に多様性のある社会が来る日を願います。「心」のあり方を見直し、誰かを思いやれる社会で良いも悪いも含め、色々な意見を言える社会になる日が近づくように。私のように苦しむ方が出ない社会が近づくように願います。

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