人生を生きていく中で、考え方が違う人を幾人も見てきました。

 

それは皆歩んできた人生が違うからです。何が正しくて何が間違っているか、それを決めたのは人間です。ですから、根本的に違う考え方の人間と共存するにはどうしたらいいか、その対策を紹介します。

 

まず理解しようと思わない

 

これが一番の解決方法だと思います。

 

歩んできた人生が異なるので、成長していく上で考え方が根本的に違うから、理解できないのです。

 

自分の人生を「他人が分かった気でいる」というのは、とても不愉快です。

 

言葉で自分の人生全てを語ったわけでもないのに、相手が「お前はこうだ!」と自分の性格を勝手に分析して突きつけたら不快だし、何様なのかと思いますよね。

 

自分が不快だと思う事を相手にしないというのは、道徳の授業や人生で学ぶ教訓です。ところが、学んでも忘れている、自分の考えが世界の全てだ、自分が相手の嫌がる顔を見たいから嫌がらせをするという人も世の中にはいます。

 

理解できないなら理解しようとしないでください。理解させようとしないでください。それは喧嘩の元になります。

 

「そういう考え方か~」とまずは受け入れる

 

理解しようとしないで、「ふ~ん、そういう考え方なんだなぁ」と、聞き流してください。

 

たとえば「映画の登場人物」で、自分と違う考え方をしていても、あまり腹は立ちませんよね?そもそも世界が違うのだから。

 

相手は目の前にいて同じ場所で育っても、違う人生を歩んできた「違う世界の住人」です。自分と同じ生活、学校。それでも出会う友人、食べ物の好み、色の好み、事細かく異なります。全く同じ環境で育った双子ですら、考え方が異なるようになるのです。

 

学生時代、私の友人に双子の兄弟がいましたが、小学校、中学校、高校と成長していくと、互いを嫌いあい、傍目に見ている私達はヒヤヒヤしていました。

 

自分と考え方が似ている人でも同様なのです。「違う世界の自分と似た考えの人」なのです。これは血縁関係があってもそうです。親も子も、自分の育つ環境は異なります。育児に千差万別の違いがあるように、この世はすでにパラレルワールドが無限に広がる世界と言っても過言ではありません。

 

当然ですが、動物や植物、昆虫など、他の生き物に対して「言葉が通じないから、自分の考え方が理解できないから。」といって怒らないように、目の前の人間ですら、違うのです。

 

人間が分かりやすいようにつけた生物の科目。そのフィルターを外せば、全ては一つ一つの命であり、その生の過程は皆違います。

 

地球という一つの大きなジグソーパズルのピース。それが私たち一人一人だと考えてください。みんな違う絵柄なのだから、根本的に異なっているのです。

 

「だから相手のする事を全て許せ。」とは言いません。私自身、未だに誹謗中傷してくる方達はハッキリ言って嫌いです。関わりたくありません。

 

だからといって、相手を排除するかと言われたら、しません。ご近所さん方は未だに私を排除しようとしていても、私は相手を排除しようとした事はありません。まぁストレス溜まるし、いなくなってくれた方がいいとは思っていますけどねw

 

「そういうものだ」と、相手の言い分は聞いて、流せばいい。相手の考えを聞いたからといって、自分の考えを曲げて順応する必要はありません。もちろん、それを相手に態度で示す必要もありません。相手は違う人間です。

 

今、この記事を読んでいる方と、読んでいない方が話をしたとしても、この時点で既に異なるのです。自分が不利益を被らないよう、自分の考えは主張しておきましょう。

 

理解「させる」必要はない

 

相手に理解させる必要はありません。異なる人間だからです。

 

たとえばあなたが相手から「私はこういう考えだから従え!」と言われて、会社などでは従う事もあるかもしれませんが、プライベートでそんな事を言う相手と今後も人付き合いをしたいとは思いませんよね?おそらく連絡を絶つなり、徐々に疎遠になるなどしていくと思います。

 

相手が大事だから理解してほしいという気持ちは分かりますが、行き過ぎるとただの人権侵害です。

 

長い付き合いでも、人生は皆異なるのだから経験によって考え方も変わっていきます。何十年生きても変わらない人間はいません。どこかで必ず過去の経験によって、自分でも気づかぬうちに行動が変わります。現在の選択は過去と同じだとしても、状況は異なるからです。全く同じ環境は一つもありません。

 

自分の考えを理解させようとして、相手を自分の道具や奴隷と勘違いして命令してくる人もいますが、こういう方は断られると、あらゆる攻撃を仕掛けてくるようになります。陰口、難癖、ありもしない悪行、様々なものを周りに話し、相手を悪者に仕立て、自分を周りに認めさせようとするのです。

 

自分の考えを理解して従ってほしいからです。

 

自分がこうならないよう、日頃から選択を意識しましょう。間違えたり失敗したと思ったら、「次はこうしよう」と考えればいいんです。次も同じ失敗をしても、心に引っかかっている限り、同じ結果というものはありません。なぜなら「心に引っかかっている自分」の時点で、過去と既に異なっているからです。

 

「水清ければ魚棲まず」清濁合わせて世の中を生きよう

 

私自身、周りからは「何も苦労もしていないし、楽に生きてきたんだろうなぁ。」という目で見られている事も多いです。また、自分が相手に対して「この人は人生経験薄っぺらいなぁ。」と感じる事も多いです。

 

まるで悟ったかのように書いていますが、私自身も未だ発展途上です。実際、人の道理から外れたようなご近所さん方を私は「ヒトモドキ」という動物として捉えてからようやく嫌がらせに対して耐性ができました。ストレスが溜まると未だにイライラと反応したくなったり、いつまでも頭から離れない事があります。それでも大分改善されました。

 

「生きている限り、人生は変化の連続であり、それを楽しむのが人生だ」という考えに今は変わっています。そしてこの考え方も、今の環境から変わればさらにどうなるか分かりません。

 

面白いような怖いような、まるで初見のゲームを遊んでいるみたいですね。できれば良い方向へ変わっていきたいです、はい。

 

水が清すぎるとかえって魚は棲まないものです。自身もバランスを意識しながら、周りも自分も生きやすい人生にしましょう。

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