相続後、実は、私は知り合いから仕事を紹介されたことが何度かある。すべて断ってきたが。

 

私自身、相続するまでにいろいろな職業をしてきて、お世話になっている人もいる。本当にありがたい。

 

しかし、いまだに「人間」というものへのトラウマは払拭できない。

 

私は身内を亡くして相続してから6年、自分が生まれた頃や子供の頃からの信用していた人たちから一方的ないじめや差別を受け続けている(だいぶ減ったとはいえ、現在進行形)。

 

自分の県外の父(と再婚した義母)以外の、全ての身内を亡くし、生まれ故郷の母の実家を引き継いだ私を待っていたのは、今まで普通にご近所さんとして挨拶したり、接してきた祖父母や親の同年代の子供の頃から信用していた人たちに、身内を亡くしてから追い打ちを与えるかのように、それまでとは異なる一方的な陰口や難癖を10人以上周り近所の信用していた人たちのほぼすべてから受けた。

 

しかも私が外にいる時は陰口とは打って変わって、今まで通り人のよさそうな笑顔で私に接してくるのだ。

 

私へのいじめや差別を提案した主犯は、「何かあったらいつでも言ってね。私はあなたの事を孫みたいに思っているんだから。」と、私に言ったくらいだ。どんな神経をしていたらそんなことが言えるのか。

この人たちの一方的な嫌がらせが始まったのは相続から2,3か月後。私が相続手続きや遺品整理をしている頃だ。

 

私は人が怖くなった。人間は裏表をここまで演じることができるのかと。私が生まれた頃から良くしてくれた方たちが、子供の頃からの付き合いがあっても、私の家族が皆亡くなり、若い私が相続した途端、ここまで一方的で残酷なことが出来るのかと。

 

相続から6年。一人だった私は自殺未遂と人間不信から自力で今の状態まで立ち直った。神仏の加護は本当にあるのだろう。私が壊れかけても立ち直れたことを考えるとそう実感している。毎月墓参りに行くのが心の癒しだ。

 

そして、いまだに加害者たちから誰一人として詫びも謝罪の一つもない。それどころか今まで我慢していた私が苦情を言ったら、主犯が「みんなであの子を町から追い出そう!」と提案するくらいだ。

 

 

大人の対応で苦情を二度言ってもやることが過激になって際限なくつけ上がったので、ついに堪忍袋の緒が切れて怒鳴りつけたら、今度は被害者面をして私を近所の迷惑者として仕立て上げ、すべての自分達のしたことを棚に上げ、私のせいにして、私を加害者扱いしている。

 

そして彼らは今も自分たちは「優しいおじいちゃんおばぁちゃん」と世間から見られ、私は「近所の迷惑者」として扱われている。

 

世の中の評価なんてあてにならない。人間は数がいればいくらでもどれだけ酷いことをしても、自分達を正当化するのだと学んだ。

 

今はこの近所中とその知り合い達が腫れもの扱いをし、私が外出したり、自宅に帰ってくると窓を露骨に閉めたり玄関に入る始末だ。

そして暗くなってきて私が家の灯りをつけると雨戸を露骨に閉める嫌がらせも1年近く続いている。時間をずらしても毎回同じタイミングで向かい3軒のどこかが必ず行うので、毎日暇なのだろう。

 

「小人閑居して不善を成す」という中国のことわざがあるが、まさにその通りの人たちだ。

 

私はこの件で特に女性と年寄りを敬遠するようになった。主犯と取り巻きはほどんど専業主婦や、老婆たちだったこともあってだ。しかし、全ての女性や年寄りがそうではないとわかっているが・・・なかなか難しいものだ。

 

私が人の善意を心から信じる日は二度と来ないと思う。だが、それでは生きていけないし、善意の中に含む自己利益があろうと、人の善意を無碍にするのはよくないので、現在は自分の生き方の落としどころを模索しているのだ。

 

実際、私も知らないところで色々な人の厚意を無碍にして傷つけているのだろう。だから人はぶつかってぶつかられて、それでも生きていくものだと納得して生きるしかない。生きている限り、お互い様なのだ。

 

たとえ善意の中に含むものがあっても、人の善性に世の中はまだ捨てたものじゃないと思えることもある。

 

仕事の誘いを断ったのは、プライベートと仕事は徹底的に分ける派の私は、気まずくなるからお断りなのだ。という話。

 

言葉で説明できないがなんかあれだよ、世の中ってこうやって清濁含まれてるから綺麗なものも汚いものも見えて、ドラマみたいな人生になるんだろう。うん。

 

なんか綺麗なこと書いてまとめようと思ったけどめんどくさくなってきたな(オイ)。

 

いろんなことがあるけど、それでも人生は続いていくし、生きていれば色々間違ったり変わっていくんだから、大事なのは選択と行動の後、どう生きるかってことだ。

人生はその繰り返しだよ。それが正しかろうが間違っていようが、人生経験は自分だけの財産だよ、うん。