私は手取り12万、家賃2万8千円のワンルームのアパート暮らしのフリーターから、突然の遺産相続で一軒家と数千万の遺産を手にした人間です。

 

このような突然の幸運に遭遇する方はなかなかいないのではないでしょうか?

 

先に言っておきますが、私は皆さまが思っているような綺麗な人間ではありません。どこにでもいる卑しい人間です。

 

皆さま自身もそうだと思いますが、人間の心は「善か悪か」の2種類ではありません。様々な複数の想いを抱えて、どれかを切り捨てたり、優先させたりで生きているかと思います。私もその人間の一人です。

 

そして今回は、私がその大金を手にした時の気持ちを紹介します。

 

なぜこの気持ちを赤裸々に紹介するのか。それは、これから遺産相続などをする方々に、「こんな事を思ってしまうなんて、自分はなんて汚い人間なんだ。」と考えて欲しくないからです。

 

「これで生活の心配がなくなる」という安心感

フルタイムで働いて、家賃や公共料金、自動車のガソリン代や食費生活費、交友費、スマホの料金や税金、それらを含めると最終的に手元に残るお金は2~3千円。

 

年に1回の税金などの大きな出費のために貯金を作っておかねばなりません。特に大変なのは2年に1回の車検。払った後はハラハラドキドキでした。貯金残高は100円を切っていたこともあります(笑)

 

「突然病気になったらどうしよう」「突然働けない期間が出来たらその間の生活費はどうしよう」

 

そんな不安を毎回抱えて生きる日々でした。

 

先の見えない20代を過ごしていました。そして31歳になって叔父が末期がんになることで、自分が叔父の家(母の実家)を引き継ぐことにしました。

 

「安定した家があるし、交通の便もいい。周りの近所の人たちは子供の頃からの知り合いだ。叔父さんの看病しながらあの家で暮らしていこう。」

 

そう考え、バイト先に相談した結果、1か月後に辞め、アパートを退去して車に荷物を詰め込み、向かったのでした。

 

想定外だったのは、家だけでなく、数千万円の遺産があるという事。

 

自分の稼いだバイト代はたかが知れています。早急にバイトを見つけなければならないと思っていたのに、少し余裕ができました。

 

心がとても楽でしたが、同時に卑しい心も生まれていたのを覚えています。

 

遺産を残してくれたことへの感謝

自分の生活が良くなるのだから、感謝もしています。

 

しかし、

 

「早く亡くなってほしい」という気持ち

既に亡くなるのが確定しているが、いつ亡くなるのかわからない。入院費は10万以上支払っている。

 

病院に泊まりながら、タウンワークを見つめる日々でした。さらに古い家なので、整理しないといけません。

 

「やる事は山積みなのに、何も手が付けられない。どんどん自分がもらうお金は減っていく。」

 

そういう気持ちも強くなって、「早く亡くなってほしい」と、少しイライラしていたのを覚えています。

 

聖人君子な方には理解できない話かもしれませんが、お金に困っている人間はそんなもんです。

 

人間は結局は自分の事しか考えていないという事実に気づきます。

 

「次は自分の番だな」と覚悟が決まる。

私が相続した母の実家は、もともと祖父母、母、叔父の4人暮らしの家でした。

 

私が20代の頃に母、祖父母が亡くなりました。私は大学に通っている時に母が亡くなり、祖父母と叔父と暮らしていました。当時は祖父母の年金と叔父の支払いでヘルパーさんを雇っており、私が大学から帰ってくる頃にヘルパーさんが帰るという日々でした。

 

そして、今回叔父が亡くなり、私が家を相続しました。叔父は独身でした。私も母の一人息子で独身なので、私が結婚をしない場合はそのまま最後になります。

 

「次は私の番がいずれくるのだ。」その覚悟を実感を伴って受け入れました。

 

人が自分の事をどう思おうと、自分の人生は続く

以上が私が遺産相続した時の心境です。

 

私を軽蔑して去っていく人もいれば、新しく交友が広まる関係もあります。

 

私自身、相続後は人間としての考え方、生き方について改めて見直す事になりました。

 

本当に相続前の人生からは考えられないくらい、変化がありました。

 

1つだけ言えるのは、私はどこにでもいる普通の人間だという事です。

 

真面目な方は、「自分はこんなことを考えたから、生きている資格はないんだ」と悲観になるかもしれません。

 

人生というのは結局は自分の考え方次第です。

 

いくら走馬灯が浮かぼうと、自分の人生の主観を全て詳細に思い出して、全てのその時の感情や表情を出す人間はいません。

 

「最後にどういう思い出が残るのか」どんな人生を送ろうと、これが全てなのです。お金があろうとなかろうと、関係ありません。

 

亡くなる直前の身内が、虚ろに思いで話をする時に、お金の話だけしかしなかったという方は少ないのではないでしょうか?

 

大抵はその頃のその人の「気持ち」を話すはずです。その時の「財産」について話す人はいないでしょう。

 

だからお金を持つことを、「卑しい」と考えている方は、考えを改めてください。

 

お金はお金でしかありません。どう捉え、活用方法を考えるのか。全ては自分の心次第です。