私の悪口ばかり言っていたいじめ主犯とその取り巻きの老人たち。

 

彼らはその後どうしているのか。2021年12月現在の状況を今回は書いていきます。

 

いじめ主犯ですが、普段はほとんど外に出かける事を見なくなりました。近所で話をしているのを見たことがありません。

 

声はたまに聞こえるのですが、周りの近所に私との対立について聞かれ、顛末を説明しているような声は聞こえていたのですが、なぜか途中で話が終わったようです。

 

周りから誰もいなくなったか、そのまま解散したようですね。

 

いじめ主犯の取り巻きたちは私の家の前で近所の方と会った際、世間話が始まりますが、「私に聞こえるかも」という事でほとんど会話が盛り上がらず、そのまま終了するようです。

 

これらはいずれも、相続後に私の陰口や悪口を毎日言っていた人々です。そして逆恨みして「全部あいつ(私の事)が悪い!」と、全く自身の行いを反省していないのもこの人達です。

 

そう、彼らにとって人の悪口は自分達の世間話に欠かせなかったもの。彼らは人の悪口を言う事で成り立っていた関係だったという事です。

 

ここでハッキリ言いたいことがあります。

 

私の悪口以外の会話をすればいいだけでは?世間話に私の事を言及しなければこちらも文句ありません。なぜそれができないのですか?

 

話題なんていくらでもあるでしょうに。こんな簡単な事なのに、なぜそれができないのでしょうか?それどころか自分のせいで相手が苦しんでいるのに被害者のせいにしている所も、本当におかしな住民だと思います。

 

近所が団結して仲が良いのはいいことです。しかし、私も同じ近所に住んでいる人間です。誰か一人を悪口のターゲットにして皆で団結する行為はあまりに卑怯で最低としか言えません。大人の取るコミュニケーションではありません。

 

何十年も生きて子供や孫ができても、人の痛みが分からなかったのでしょうね、こういう人たちは。自分自身の人格は未熟なまま人生を終える事に一生気づかないのでしょう。

 

加担したことを反省していない住民たちにも呆れています。「面倒な事が終わった」という認識しかないなら、次に自分自身が強い意志で拒否しなければ同じことが起きます。反省しないこの人達はまた同じいじめに加担するでしょう。彼らが年を取ったらいじめ主犯達と同じ事を始めるかもしれません。結局はいじめ主犯と本質は同類なのでしょうね。だからこの地域はご近所いじめが繰り返されてきたのでしょうけど。

 

この近所は老人達の「悪口を言わなければ次はお前をターゲットにする」という暗黙の脅迫関係で成り立っていたのです。

 

こんなものをご近所づきあいなんて言えますか?老人達が「私達に逆らえば悪口や脅迫のターゲットにするよ」と脅しながら自分達の思うように他人を支配しているだけです。楽しいわけがありません。

 

安全なところから人を攻撃して優越感に浸る。攻撃した人にも外で会ったら良い顔をして仲良くしたいと思っている。こんな自己保身しかないワガママを健全なコミュニケーションと呼ぶのでしょうか?

 

私の地域の年配たちはこのような大人しかいません(大人と呼んでいいのか疑問ですが)。本当に軽蔑に値します。今後も会話したいと思わないです。離れるしかありませんが、一軒家同士なので、顔を合わせないようにするしかありません。

 

6年も私の悪口や難癖が当たり前だった人たちが、その悪口を言えなくなったら人とコミュニケーションをうまく取れなくなった。彼らにとって私への悪口は水や食料と同じくらい生きるのに必要なものだったというわけです。そりゃ止めないわな。と納得しました。

 

他人を貶してコミュニケーションを取るのはものすごく失礼な事だと分からないのでしょうね。どうしても貶したいなら自分を貶して話を盛り上げればいいのに、他人を利用しているところに根性の汚さが見えていますね。いくら子供の頃や生まれた頃から信用していた方でも一線を越えすぎです。「親しき仲にも礼儀あり」です。

 

当然悪口を言われ続ける私は激怒していますし、今後も二度と関わりたくありません。この6年地獄でした。

 

確かに私への悪口を言う事を奪ってしまうのは可哀想だとも考えましたが、私はボロボロにされたのでやはり許せることではありません。まぁ今は陰口を言われても自分で聴かないようにできるくらい心の余裕を作れる状態まできたので、私のいない所で思う存分言っていればいいと思います。私の家の近くで聞こえるところでやらないでほしいだけなので。

 

老後の人間はああいう悪口ジャンキーになってしまうのです。人の悪口を言うと、脳から快楽物質のドーパミンが出ます。運動をしても出ますが、悪口を言う事でも出るのです。快楽だから悪口を止められない。

 

ただし、人間の脳には自分自身の悪口を言っていると伝わってしまうため、脳がダメージを受けていきます。人に言っているつもりでも、脳は主語を理解できないため、「自分が」言われていると勘違いしてしまうのです。

 

その結果、自分自身の脳にもダメージが蓄積していき、脳が縮小していきますし、悪口はより多くなっていきます。統合失調症や認知症のリスクが普通の人より遥かに高まるのです。

 

これが誰にも注意されず、己の行動を反省せず、自分の言葉や行動を人のせいにして逃げ続けた結果と言えます。

 

大人になっても子供の精神のまま止まって、いつまでも精神は子供たちと同じラインのまま自分だけは成長せず、人生を終了していきます。

 

有名な曲の歌詞で言えば、「何のために生まれて、何をして生きるのか。分からないまま終わる」のです。皆さんはどうですか?そんな人生を送りたいですか?私はそんなのは嫌です。

 

老後に表出する人間の本性というものは、日頃からの人間としての日常の積み重ねの結果なのだ、と実感しています。

 

 

 

 

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