私が抱える怨み

私は近所の老人方にかなり深い怨みを抱えています。

私の相続後に受けた嫌がらせとその後については以下の記事を参照。

 

一時期は自殺未遂に引きこもり、鬱状態に一時の記憶喪失と本当に酷い目に遭いました。31歳でこのような目に遭って7年間も無駄にしたので人生はもうメチャクチャです。今も人間不信は続いているし、私の家は私の代で終わると思います。

 

ここまで私の人生を一方的にメチャクチャにした近所の老人たちは、謝罪の一つどころか、反省すらせず、いじめの主犯の老婆か、もしくは私のせいだと言う上、主犯の老婆に至っては自分の非を認めたくないから言い訳ばかりして逃げて、自分がいじめる被害者(私の事です)を、町から追い出そうと提案しており、自分のした悪事をなかったことにしようとするくらいの鬼畜です。しかも未だにやめない事から怨みの手紙を出したところ、警察に「脅迫された」と通報したのです。確かに彼らが誹謗中傷を4回も苦情を言っても止めない事からそのような行動に出た私も悪いのですが・・・私はいくら言葉でたとえようにも、たとえられないほど醜い心の人間に、人生で初めて会ったと実感しました。

 

しかも7年間一方的に彼女たちの始めたいじめがまったく終わらないから、「自分が生き残って、家族が私宛に残した遺産を相続したことが悪い」と、彼らのいじめの被害者である私が、自分で自分の人生を否定しなければならないほど精神を追い詰めたのです。このいじめの犯人たちは、私の家の遺産相続に一切何も関係のない人達です。しかも自分達も持ち家な上、家族もいるから現状私が相続した遺産や家よりずっと環境が恵まれているんですよ。(実際毎週のようにいじめ主犯は出かけたり、息子さんと外食に行ったりしています)

そもそもいじめなんて言葉は脅迫、暴行、名誉棄損などを誤魔化した言葉なので存在しないのですが。彼らのしている事はれっきとした犯罪です。犯罪を犯している彼らが、「被害者に脅された」と警察に通報する非道っぷり。人の親であり自分の子供を持つ人たちが、です。

 

このブログを書いている前日も、私が夜にスーパーに出かけた際、自分の家の雨戸を少しだけ開けて、私が帰ってくるのを見てからこそっと閉めました。このような監視を数年常習的に続けており、時には露骨に隣近所と合わせて私が帰ってきた瞬間に一斉に雨戸を閉めたりなど、明らかに私に精神的苦痛を与えようと加害しているのが彼らです。(夜だし明かりで分かりやすい)。

 

さらに、自分達が勝手に私が外にいる時は外に出ないと決めたようで、私が外にいる時に近所の方に遭遇することはほぼありません。私はいじめ主犯に自分の陰口に対する苦情しか言っていません。つまり自分達で勝手に私が外にいる時は外に出ないと決めたくせに、自分達で自分達の首を絞めても、私のせいにしているのです。しかもこれがいじめ主犯だけでなく、周り近所も私のせいにしているという滅茶苦茶な理屈です。

 

このようにいじめ主犯の方が毎回犯罪行為をしているくせに、相手が怒って抗議したら「自分は脅迫されている」と、か弱い年寄りを演じて警察に通報するのです。手のつけられないモンスターです。当然警察は表向きではこの年寄りがそろばん教室の講師を長年しているので地元で信用しており、私を疑ってかかるのですから、もはや町で信用できる人間なんかいませんし、心の底から人間の醜さに絶望しています。

 

今、世間を騒がせているツイフェミとやってることがほとんど同じなんですよね、私の近所の人達。近所の人達はほとんどが50代以上の主婦です。実際ネットでもついフェミは更年期の中年女性が最も多いというデータが出ていましたが、それを裏付けるかのような事実ですね。

 

彼らには倫理や道徳といった観念が一切通じないのですから・・・最初から私が「一人の人間である」という事実が抜け落ちており、自分達のやったことは全て人のせい、自分はよくてあんたはダメ!が集団でまかり通るただのいじめ集団です。歳だけ取って人格が小学校で止まっているような、自己反省すらせずに逃げ続けた彼女達が、老後にたどり着く末路の姿と言えます。

 

特に最もいじめ主犯に近い隣家は、既に自分達のやってることがいじめ主犯と同じだと気づいていません。こうやってこの地域は何十年も主婦間でいじめが受け継がれてきたのかと思うと吐き気がします。

 

相続したというだけで他人の事情を一切考慮もせず(相続したお金は父の治療費や生活費、いざ住む場所が払えなくなった際の保険として継いだ家の補修に使い、自分のために使った額はほぼ生活費でアパート暮らしの頃と大して変わらない)、勝手に「人生を楽に生きていて許せない」だのなんだの妬んで嫌がらせを始め、一方的に攻撃し、自分のしてきたことは被害者のせいにし、逃げ続ける老人達。

 

若者が相続して楽に暮らしていると勝手に思い込み、勝手に攻撃して「後は知りません、被害者がこの町にいると自分たちのやった事が広がったら自分達の印象がマズいから皆で町から追い出そう」という滅茶苦茶な提案をするいじめ主犯にそれを咎めないどころか賛成する近所までいる始末。(ちなみに主犯と取りまき含め全員主婦です。主犯は小学生にそろばんを教える私塾を開いている。老婆がほとんど。)

 

本当に倫理も道徳もなく、人の所業ではありません。いじめ主犯は精神に異常をきたしていると思います。いじめ主犯の息子が病院に連れていくべき案件ですが、「歳だから穏便に」と被害者にさらなる我慢を強いる、親と大して変わらない頭の悪さなので呆れています。「かえるの子はかえる」なのでしょう。もう連中の顔も見たくありませんし声も聞きたくありません。ハッキリ言ってこの世から早くいなくなってほしいと心底願っています。(なぜかそういう悪党ほど長生きするんですよねぇ・・・)

 

しかもこの主犯を含め加担した人々はいずれも人の親であり、私の祖父母の代からの知り合いがほとんどです。自分の子供や孫がいるにもかかわらず、他人の家の子供である私に対して何年もそのようないじめをしているのです。この老婆は自分の経営するそろばん塾の講師であり、事情を知らない人達からは「優しいおばぁちゃん」として通っています。

 

一方的に人生をメチャクチャにされた私はただ正式な相続をして、生まれ故郷の町の家族の思い出の残る家を引き継いだのに、どうしてここまでひどい目に遭わなければならないのか、他の近所の相続して暮らしている人たちは何もいじめなどを受けていません。

 

どうして若い私だけがこのような目に遭わされなければならないのか。しかもこのいじめに加担している同年代くらいの家族はおそらく今後、相続があっても私のようにいじめに遭う事はないでしょう。本当に理不尽です。

 

この理不尽な境遇に苦しくて仕方がないし、怒りも怨みも一切収まりません。心の底から彼らには地獄に堕ちてほしいと願っています。

 

しかし、一方的にいじめを始めた彼らには何一つ罰もありません。加害者が反省する環境が全くありません。やったもん勝ちなのです。大人たちがこんな状況で子供がいじめをしないわけがありません。

この地域では私をバカにしたり、からかうのが当たり前に受け継がれてしまっています。「そんな事をしてはいけない」と子供や次の世代に諭すはずの世代たちが、積極的にいじめを指示しているのです。人の親とは思えないし、狂っているとしか思えません。

しかし、どうにもならないのです。性根の腐っている彼らは反省することはないし、今も私を町から追い出そうと定期的に提案しているのです。先日ワクチンの副反応で熱を出して家で2~3日寝込んでいる時も、ここぞとばかりに周りに町から追い出そうと提案していました。本当の人でなしです。(毎日人の監視をしていられる暇な連中だことで。)

 

これだけの事をされて、怨まないわけがありません。

たとえ原因が相手にあるとしても、相手への強い怨みが生まれたのは「自分の心」からです。その怨みは意識して止めないと際限なく膨らみ、いずれ自分自身を飲み込んでしまいます。

 

自分の人生を嫌いな相手に費やすほど無駄な事はありません。だから、この恨みを薄めていくための手段を実践しています。4つほど紹介します。

 

怨みに対抗する手段その1:筋トレ

恨みに囚われないための手段その1は、筋トレです。

 

以前紹介したおもちゃの刀で相手をイメージして斬るという手段。それを現在は木刀で素振りに変えて筋トレも兼ねています。

 

スクワットやプランクを始めるだけでも大分怨みが薄まります。

 

筋トレのコツは形式ばらないこと。運動服でなければならない、食事の前でなければならない、何日おきが効果的、何回しなければならないなど、そんな事に囚われる必要はありません。

 

自分の好きな時に、好きなタイミングで筋トレすればいいのです。「〇〇しなければならない」という回数や頻度は捨てて、好きな時に好きにやりましょう。私はその結果、筋トレ自体を好きになりましたし、筋トレに対するイメージも変わりました。本格的に鍛えるのはそれからでも遅くはないです。(もちろん体の負担を考えてやりすぎないように。)たったそれだけでも自己満足できるし、体にも良い影響を与えます。

 

私は自宅でできる筋トレを運動服だろうがパジャマだろうがスーツだろうが、今すぐやりたいと思ったらやった結果、筋トレ自体が楽しいと感じるようになりました。健康を考えたらそれで十分です。

 

怨みに対抗する手段その2:読書

もう一つが読書です。様々な知見を得る事で、相手への思いやりや違う視点、違う知識による視野の拡大が見込めます。

 

実際知らない事を知るというのは新鮮で、楽しいです。私は現在は入浴中にKindle White Paperで神道関連の本を読んだりしています。1日10分ほどでも効果があります。

 

2009年に英サセックス大学が発表した研究結果によると、筋肉や心拍数の緊張状態から計測した結果、68%のストレス減少効果があると分かりました。

 

実際私も読書中はかなりストレスが軽減されているのを感じましたし、引きこもり状態から脱却したのも

 

筋トレ開始→読書開始

 

この繰り返しで自力で回復しました。

 

怨みに対抗する手段その3:物理的な光

以前書いた記事ですが、物理的な光を灯す事もかなり役に立ちます。

 

いじめや嫌がらせをする人たちに対し、ほとんどの人は「真っ黒、腹黒い、暗い、陰湿」などの暗いイメージをします。

 

では、その暗闇に対抗する手段は何でしょうか?答えは光です。

 

私は家に防塵防水、耐衝撃のフラッシュライトを持っています。これは日常で使用できるし、心のお守りにもなります。コンパクトなので置き場所にも困りません。

 

私の心が彼らへの怨みを思い出して悪い方向へ流れていくとき、私はこのライトを手に取り、スイッチを入れます。そしてもう片方の手のひらに光を当てたり、部屋の中に向けたりするのです。光を見ていると、落ち着きます。

 

夜、明かりを全て消してスイッチを入れるのも楽しいです。

 

「今、君の手には光がある。それは君の人生の道を照らしてくれる。その光があるから君は彼らと同じ道へは行かない。」このように自分に語り、落ち着かせます。筋トレや読書後に行うとかなり効果的です。

 

とても深い怨みを抑えていると、ふとした瞬間に思い出して突然心の中で膨れ上がる事が多々あります。そういう緊急時のお守りとして有効です。

 

この時、自分を大事にしてくれる人たちの顔を思い浮かべるようにしましょう。その人たちがくれた光は自分の中にあり、その光は誰にも消せないのです。それを思い出すために懐中電灯の光を見て、定期的に思い出せるようになりましょう。

 

私の場合、元はその大事な人達に近所のいじめ主犯やその周りの人達が入っていましたが、現在のように裏切られたのでとても苦しんでいます。だから自分の亡くなった母親や祖父母、思い出に残っている漫画やアニメのセリフなど、「不変」となる幸福な記憶などを限定して思い出せるようにしました。

 

一種の自己暗示です。光というポジティブなイメージなので、持ち歩けばハッキリ言って神社のお守りよりもはるかに効果があるし、実用的です。だから私は高価だけどコンパクトな、タクティカルライトを購入しました。夜間の防犯にも災害にも有効ですし、日常使いにも最適です。

 

ちなみに私はこれがきっかけで、タクティカルライトにハマってしまい、複数個の高価なフラッシュライトをいろいろと持っています。新しい趣味になってしまいました。

 

怨みに対抗する手段その4:お気に入りの作品を見る

自分を奮い立たせる作品を見ましょう。私の場合は、「ショーシャンクの空に」「ロッキー・ザ・ファイナル」などを再度観直します。

 

自分の心に火をつける作品を一つは持つようにしましょう。自分が折れて、何もかも嫌になってヤケになって怨みに身を任せそうになった時、私は上記の作品を見る事で、自分が近所の人達と同じ道を歩まないように意識しています。

 

特にロッキーザファイナルの息子との試合決定後の会話は、個人的には日本語訳の方が印象に残っています。父親が還暦を迎えて、どう考えても無謀な挑戦である現世界チャンピオンと対戦する事へのやり取りから一部抜粋しました。ロッキーの言葉は無名の頃から現在に至るまでの、今までの積み重ねだからこそ、心に響きます。以下、特にお気に入りの名言の引用です。

 

自分の価値を信じるなら迷わず前へ進め!決してパンチを恐れるな!

人を指さし、自分の弱さをそいつらのせいにするな!そりゃ、卑怯者のやる事だ!

お前は卑怯者なんかじゃないんだ!この俺の息子だ!

 

私は何度このシーンの一連のやり取りに支えられてきたか数えきれません。それくらいハートに響いたパンチです。

 

今、抗っている全ての人におススメします。

 

怨みに囚われて自分の人生を潰さないように

私は7年、家と大金を相続して、近所からのいじめによって引きこもって自分の人生を無駄にして、実感した事があります。

 

それは自分の人生の時間だけは絶対に買えないという事です。世界中の誰にもできないのです。たとえビル・ゲイツなどの億万長者でも、いずれはこの世を去る日が来るのです。

 

自分がこの世を去るその日まで、誰かを怨んで自分のやりたい事をやらないで終わってしまったら、何のために生きているのか分かりません。

 

怨みを無くすというのは簡単なことではありません。私自身が痛感しています。

 

冷静に見ると怨みというのは、その「大嫌いな相手」の事ばかり考えて人生を終えるという事です。そんな人生、それこそ無駄に終わってしまいます。

 

この記事を読んだ方が、自分の人生を嫌いな相手への怨みだけに使うような真似はしない事を願います。

 

怨んでいいんです。しかし、「それだけが全て」にはならないでください。私も今は相手の顔を思い出す回数がかなり減りましたし、顔もあまり思い出せません。

そこまで薄れても近所だから時々声が聞こえてしまうし、相手が露骨に監視しているとアピールしてきて嫌でも顔を見てしまう事があるのは仕方がないので、その時は我慢します。あの人たちが集まったらやる事なんて私の悪口以外ありませんから興味を持つ価値もありません。私の相続から現在までの7年間が証明しています。下種共の笑い声なんて不快なだけです。

 

相手は放置していいと思います。いずれボロが出て、誰からも相手にされなくなるか、違う相手から報復されるでしょう。誰かに危害を加える人は、大抵は他の誰かの怨みや反感を買っています。

 

だから、相手の事を忘れて自分の楽しい事を探して生きることをおススメします。と、言っても私をいじめるそろばん塾の主犯は取り巻きや息子と相変わらず仲良くやっていながら私を定期的に理由をつけて町から追い出すべきだと提案していますが。

 

毎日人の悪口を言うために集まる暇人なんて、老後の専業主婦なんて時間が有り余っているからいくらでもやりたい事を探す時間もあろうに、自分で自分の人生の時間をドブに捨ててる事に気づかないんだから、連中は一生気づかないまま最期まで自分の人生の時間を捨て続けていればいいのです。

「一生精神年齢が小学生にさえ劣ったまま終わる人生。それにさえ気づかず終わる。」彼らにとってこれほどくだらない上、ふさわしい結末は無いでしょう。

 

自分の目で相手が罰を受ける事を見れない、もしくは自分が受けた被害に見合う罰を受けないのは残念ですが、それもまた人生なのでしょう。世の中はそういうものです。諸行無常の自分の人生に集中して、変わっていく自分の世界を楽しみましょう。

コメント一覧
  1. Lisa より:

    はじめまして。良いブログですね!元気が出ました!!
    私はjohnさんよりひと回り年上で、色々やってきたのは高齢者ではありませんが、記事を読んでいて頷く箇所がたくさんありました!

    「ショーシャンクの空に」良いですよね!筋トレ(HIIT)もしています。ぬいぐるみも好きです(笑)
    私の場合は、英語の勉強と、『人間万事塞翁が馬』という言葉も励みにしてきました。

    このブログを読んで、励まされる方、たくさんいると思います☆彡
    素敵なブログ記事をありがとうございます。

    • john2021 より:

      はじめまして。ブログを読んでいただきありがとうございます。

      自分のストレス解消とその手段をブログとして残す事で、自分のためにもなるし、同じように辛い目に遭っている方の参考になれば良いと思っています。
      先入観に囚われず色々試した結果、自分自身の無意識の偏見に気づいたりもしましたし、良い勉強になりました。

      「ショーシャンクの空に」は本当に良い映画ですね。希望という言葉は現代こそ必要だなと実感しています。
      「人間万事塞翁が馬」言葉は知っていても意味は意識して調べていませんでしたが、韻を踏んでイメージしやすい言葉ですね。良い事もあれば悪い事もある。どんな時代もどこの国の人間でも、人生経験や本質的な部分は変わらないのですね。

      励みになるコメントを残していただき、ありがとうございます。

  2. Lisa より:

    お返事ありがとうございます。
    あの後、いろいろな記事を読ませていただきました。(ちなみに3つ年上でした。)
    このページに書かれている、『光』というアイディアは初耳ですが、とても良いですね!
    懐中電灯も良いですが、何か可愛い”光”アイテムを探してみたいと思います。
    私も色々試して、効果的なものがあったら、またご報告にきますね!

    • john2021 より:

      コメントありがとうございます。私のブログは読み物としてはかなり読みづらいので申し訳ございません。
      参考になる情報があれば幸いです。私自身が思いついて試したことを書いているので、読んだ方の気休め探しのきっかけになれば幸いです。

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