陰口を言う人の顔は醜い

陰口を言われ続けると、気にしないようにしていても、心に悪影響が出てきます。

 

非科学的な話になりますが、人の悪意というものは伝わります。皆さんは陰口を喋っている相手の顔を見た事があるでしょうか?

 

顔は普通なのに、目元が暗かったり、口が黒く見えたり、皺が変に寄った、とても醜い顔をしています。それは、その人が発する悪意だからです。

 

からかいのために陰口を言う人はそこまで酷い顔をしていないのですが、明らかに悪意を持って対象を傷つけようとする人の顔は、とても分かりやすいくらい醜いです。心の中どす黒い感情が抑えきれず、言葉に乗ってそのまま外見に表出されるからです。

 

陰口はDVと同じ

陰口を言う人はその影響を周りに振舞い続けるのです。陰口を言う人の周りに集まるのは、その陰口をもっと聞きたい同類だからです。

 

本人は否定するかもしれませんが、陰口に快感を感じているからいつまでも陰口を言う人と共に行動しているのです。そうして流された結果、脳は陰口を言う人と似た思考回路になっていきます。

 

ミラーニューロンという、人のやる事を学習し、先回りする脳神経のおかげで私たちは「先読み」ができるように(会話を始めた相手の感想を先に言って「そう!そうなのよ!」と盛り上がった事はありませんか?ミラーニューロンという脳神経のおかげで可能になるのです)、悪い人の先を読んで悪い人の手助けをするようになる結果、陰口を言う人の集団は、陰口を言う主犯と同類の人間になっていきます。

 

だから陰口を言う集団は解散しません。陰口を言う事による快感(快楽を分泌するドーパミンの影響)と、ミラーニューロンにより陰口を言う人間の思考回路を身につけているからです。一言で言えば、陰口を言う集団は、暴力に酔った連中です。ドメスティックバイオレンス(いわゆるDV)と原理は全く同じです。表向きは良い人を振る舞い、陰では暴力をふるう。それが「腕力か言葉か」の違いだけです。

 

現代では言葉の暴力で捕まる事はめったにありませんが、この集団は、結局は暴力による快感に寄った連中なのです。

 

悪意の陰口への対抗手段

悪意の陰口への対抗手段は、主に3つです。

 

  1. 自分を大切にしてくれた人を思い出す。
  2. 自分にバリアーを張る。
  3. 陰口を言う集団から離れる。

 

一番現実的で、場所や環境に左右されない手段は、「自分を大切にしてくれた人を思い出す」。そして、「その想いで自分にバリアーを張る」事です。

 

愛という言葉が恥ずかしければ、ポジティブや明るさ構いません。言葉の定義は人それぞれです。いわゆる人の心の温かさです。

 

陰口を言う集団にはこの温かさが一切ありません。彼らはこの温かさをいかに相手から奪うかを考え、どうしたら効率的にダメージを与えられるか、という悪意しかないからです。

 

悪意を持った人間に対抗しても、いずれ悪意に飲み込まれます。人間は良い事よりも悪い事の方が印象に残って、覚えているからです。

 

悪意から心を守るバリアーを張る方法

  1. 今まで生きてきた人生を振り返り、優しくされた、親切にされたことをメモに書きだす。
  2. それに対して感謝する。
  3. 「自分は人からたくさん愛をもらっているのだ」と自覚し、自分の体の周りに光のバリアーがあると思い込む。

 

今までの人生で親から愛されている人は、自分の幼少期など、できる限り楽しかったイベント、過保護にされている事など全て思い出してください。親に愛されなかった人は友人、見知らぬ人でも構いません。

 

自分が受けた相手からの親切や愛情に感謝してください。たとえば私は親や祖父母にとても愛され過保護に育てられましたが、彼らの生前時に素直になれませんでした。しかし、彼らから愛情を受けて育ったからこそ、一人になっても、周りの人間達から悪意を受け続けても生きています。

 

今の私の周りが私の存在を迷惑に思い、消えることを望んでいるのが事実だとしても、私の存在を肯定してくれた人たちがいたというのもまた事実だからです。

 

「自分は愛されてきた。」素直に受け取って、守られてきたと自覚しましょう。「自分は生きていいのだ」と自分で自分を素直に認めましょう。そしてその事実を忘れなければ、陰口などの悪意に影響を受ける回数も減っていきます。

 

バリアーの張り方は、自分の周りに白い光があると思えばいいです。私はLEDライトのような光に包まれているとイメージしています。

 

もしも抽象的でイメージできないのなら、懐中電灯を持つのもアリです。

 

普段の日常で使うライトをカバンに入れておき、物理的に光という手段をお守りとして持つのも選択肢です。

 

この考え方は慣れるまでは忘れがちなので、意識しないでいると忘れてしまい、陰口に振り回されてしまうと思います。

 

だからこそ、定期的に思い出し、思考のクセの一つにしましょう。自分にしか分からないバリアーなので、言葉にする必要もありません。

 

陰口を言われ出した、陰口に参加させられそうになった時、バリアーを張る事を思い出すようにしましょう。

 

悪意は目に見えません。しかし、確実にその人の心を蝕みます。だから鬱になったり自殺をしたりと、気づいた時には取り返しがつかない所までいってしまうのです。本人に相手の悪意を無条件に受け取り続けてきたことの自覚すらありません。目に見えないものに対抗するのは、やはり目に見えないものです。同じ土俵でないと戦いになりません。

 

たとえばゲーム「ドラゴンクエスト3」のボス、大魔王ゾーラはやみの衣をまとっており、この状態のまま倒すのはかなり至難の業です。しかし、やみの衣を剥がしてしまえば戦いは五分に持ち込めます。そして「やみの衣」もプレイヤーの目には見えません。しかし、アイテム「ひかりのたま」を使えばその衣を剥がせることは理解しているのです。

 

試合にはルールがあるように、世の中はありとあらゆるルールや法則など共通点があります。心だけは例外というわけではありません。心には心のルールや法則が存在するという事です。

 

人間は「心」から離れる事は出来ない

「バカげている」と言われたらそれまでですが、私たちは知っているはずです。嫌な感じといった感覚や、いい感じといった感覚。そう、言葉や現代の科学では説明できない「感覚」を体験しているからです。

 

私たちはその感覚を感じながら、今まで一切意識してきませんでした。だから悪意に振り回されるのです。対処方法があまりに抽象的だから考えないようにしてきたからです。

 

心というものはどうしたって存在します。いくら気にしないようにしていたからってなくなるわけではありません。しかし、陰口を言う人は心がありません。なぜなら対象を「心のある人間だ」と頭では分かっていないからです。

 

心がないなら苦しむことはありません。心がないなら鬱やいじめで自殺する事もないからです。だって心がないのだから。

 

陰口を言う人に人付き合いで仕方なく関わる事もあるでしょう。それでもなるべく同意しない方が良いです。仕事のみの関係にしているなら世間の付き合いで済みます。自分からその人に関わる人間は同類なので避けた方が無難です。

 

陰口を言う人は対象を人間扱いしていないので、相手に対して心を持ち合わせていません。つまり最初から「相手」なんて存在していないのです。加害者は人間同士の争いではなく、初めから人間そのものを見ていないのです。いわば陰口を言う人は、その人の中では壁にボールを蹴って遊んでいるだけなのです。

 

だから酷い事をしても「自分は悪くない」と逃げ回り、それどころか被害者面をするのです。「加害者は(遊んでいるだけだから)大ごとになると思わなかった」というのはそのためです。

 

当然ですが、そんな加害者の言い分など誰も納得するわけがありません。「他人をおもちゃにして踏みにじって自分は悪くない」など、通用するわけがありませんから。

 

実際に他人を勝手に使って、自分の心を投影して八つ当たりをしているのは事実なのですから。突然勝手に、一方的に苦しめられた被害者に対して加害者の言い分など通るわけがありません。世間にも通るわけがありません。

 

このような幼稚な相手に苦しむことはありません。自分の人生をしっかり生きましょう!