自己評価を見直しましょう。

 

いじめや嫌がらせを受けた際に、真面目で優しい人は相手の言った事を真に受けてしまいます。そのため、本人が無意識のうちに、必要以上に自己の評価だけを下げて自分を見てしまう傾向があります。

 

自己評価を見直すことで自己肯定感の重要性を思い出してほしいのです。

 

不当に自己評価を低くしてしまった理由を考えよう

休日などに、自己評価が低くなってしまった理由を考えましょう。相手から言われた自分の評価は本当に正しい評価だったのか、受け入れていい評価だったのか。

 

特に子供の頃に親や友人に言われた言葉を真に受けたまま放置して、大人になって無意識に自己評価が歪んでいる事はあります。

 

あなたがものごころがついて、今もその言葉を気にしているのなら、辛くともその言葉を思い出して、現在の知識と比べて見直してみましょう。

 

私たちは学習して多くの知恵や知識を身につけ、大人になっても、子供の頃の無意識に埋め込まれた言葉には鈍感なままです。だから大人になっても子供と変わらない行動をする「アダルトチルドレン」などの人間が出てくるのです。

 

アダルトチルドレンは、子供の頃の自分が受けた周りからの扱いを見直さなかった結果、心だけが子供のままで止まってしまった大人達です。いくら権力や知識を身につけても、肝心の心が子供の頃のままで止まっているので、人から見ればまるで小学生がするような、幼稚な行動をするのです。

 

どんな大人でもあなた本人ではないので、外面からしか見ていませんし、分かりません。内面など知る由もないのです。または自分が扱いやすいようにその言葉をあなたに言ったのかもしれません。だからこそ、子供の頃に受けた相手からの言葉は、考え直しましょう。

 

私自身の見直し方法の一例

  • 「耳がでかいから猿っぽい」と言われた→個人の体質なのでどうしようもありません。社会人になってから一度も言われていません。言われたとしても、言った人間に問題があります。
  • 「なんか芸能人に似ているね。」と言われた→ただの周りとの会話を広げるきっかけでしかない。つまり似ていても似ていなくても、どうでもいい事に気づいた。=私への評価ではない。
  • 「真面目だねぇ」と言われた→その時の職場によるし、単に「メガネが四角い」という理由だけで言われることもある。つまり相手がその時の印象だけで言った言葉。相手が勝手にそう思っているだけなので、期待に応える必要はない、一応自分の特性の一つとして捉えておく。
  • 「みんなと仲良くしなきゃだめよ」→子供に社会性を学ばせるための言葉。社会人になって「表面上は」仲良くしなきゃダメという事を学ばせるための言葉。プライベートで無理にみんなと仲良くする必要はない。
  • 「友達たくさん作りなさい」→これも子供に社会性を学ばせるための言葉。大人になると「利用価値」で判断する人も多い。現在は幼馴染を含め、小学校から大学までの友人と誰ひとり一切連絡を取っていないけど問題ない。社会人になってからの友人が数人いるが、年1回年賀状代わりのメールだけ。それでも十分。
  • 「ブサイクだよね」→子供の顔は大人になると変わるもの。あてにならないし、ブレイクした芸能人がいて似てると良い評価に変わるので、真に受ける必要なし。結局は言った人の感性なので真面目に聞く必要はない。ただの自分のグループの会話のネタ作りだから気にしなくていい。

 

自己評価の修正方法

  • 自分の新しい趣味を持つ。
  • 新しい事に挑戦する。
  • できない事、やりたくない事を評価対象外にする。
  • 子供の頃の評価を思い出し、直せないなら開き直る。直した方がいいと思うなら書籍などで調べて少しずつ実践する。
  • 筋トレと食べ物に気を遣う。特に体内分泌物のセロトニンを分泌するよう意識する。
  • 学校には学校の、会社には会社の都合がある。「自己評価とは関係ない」と意識しよう。「世間や会社からの評価」と「自己評価」は根本的に違うし、関係ありません。
  • 日本人はもともと不安を抱きやすい遺伝子であると自覚する。外国人が海苔を消化できない体質のように、日本人も体質で不安を抱きやすい遺伝子を持っている。自分が生まれた人種の性質を知っておこう。対策やメリットを見つけられる。
  • 自尊心、自己肯定感を高める方法や考え方の本を読んで、実践してみる。本は読んだだけでは意味がないので、必ず内容の中の一つだけでも実際に行動してみましょう。

 

人の言葉を受け流そう

「優しいねぇ。」「良い子だねぇ。」「良い人ですね。」「真面目だなぁ。」

 

これらの言葉を言われた事がある方もいるかと思います。実際は裏では陰口を言われたりしたこともあるかと思います。

 

その結果、上記の誉め言葉を誰かの建前だと感じて、真に受け無くなった方もいるのではないでしょうか?私もその一人です。

 

実は人を褒めるという行為には、褒めた人側の利益や願いが込められている事が大半なのです。「相手にこうであってほしい。」「なんとなくそう感じた。」といった極めて曖昧な表現です。

 

つまり相手にとって都合の良い一面だけを見た言葉です。

 

人はその時の状況や気分によってただの思いつきを言葉にするだけなので、自分の発した発言を深く考えてなどいません。最短で翌日には忘れています。

つまり人の言葉は、考えるだけ時間の無駄です。

 

しかし、思惑はどうであれ、自分のことをわざわざ言葉にして褒めてくれたという事実には感謝しておきましょう。実際、これらの言葉を受けたなら、就活などの履歴書に書ける幅が広がります。

 

だから人の褒め言葉はとりあえず受け取っておきましょう。捻くれて受け取らないと自分が損をするだけです。特にデメリットもないので表面だけだと分かっていたとしても、素直に受け取っておきましょう。

 

逆に皮肉としての褒め言葉でも、素直に受け取る事によって次にからかってくる相手が減ります。人によっては「できる人」として見てくれます。

 

人に自分の心に付け入らせず、なおかつ自分の実力を相手に油断させる事が出来るので、表面だけで「ありがとうございます!」と受け取っておきましょう。

 

人の期待は裏切っていい

人の期待に応えられないと、「自分はダメな人間だ」と、勝手に自己評価を下げてしまう人がいます。しかし、人の期待は裏切っていいのです。そんな事で後々良い事が起こったり悪い事が起こったりなどの影響は一切ありません。

 

自己評価の低い人間の特徴として、「もしこんな事をしたら後で悪い事が起きるかもしれない」などの考えを持っている人もいるかと思いますが、良い事をしても悪い事をしても、そして何もしなくても、人生では良い事も悪い事も起きます。つまり、心配するだけ無駄なのです。

 

人の期待を裏切った私の実体験

私自身も昔は人の期待に応えられない自分を責めていましたが、現在は「期待を勝手にかけたお前らが悪い!」と思ってバイトしています。

 

私は短期バイトを繰り返していますが、なぜか大人数のバイト先へ行っても、必ずと言っていいほどバイト先の人に良くも悪くも注目される人間です。

 

「期待しているよ!」と言われたり、新たな仕事を押し付けられ、期待に応えられないと「あいつ使えないなぁ・・・」「そっちの部署で引き取ってくれない?」「使えないからいらない。」など近くで相談されているのをよく聞きました。(相手は工場の中なので作業機材の音で聞こえないと思っているようです)

 

しかし、誰かの期待を裏切った事で、その後に仕事やプライベートで悪い事が起きたかというと、そんな事は一切ありませんでした。むしろ相手の失望の声を真に受けていた頃の方が、悪い事が立て続けに起きました。

 

結果的にクビになる事もなく、特に作業内容に注意されることもなく期間満了まで働けました。

 

科学的な証明もないので、個人の38年の人生経験から出た結論としか言いようがありませんが、世の中って全ては自分の気持ち次第なのです。事実がどうあれ、自分の心で「悪い事が起きそう。」と思っていたら、悪い事にばかり焦点が行くから悪い事しか見えなくなるし、逆に気にしないで強気でいたら良い方向へ転がっていく事もあります。全て自分の気持ち次第です。

 

期待に応えられないからクビになるとかそんな事はありません。クビにするかどうか決めるのは、私ではなく、雇った側です。私が気にする必要はないのです。

 

結果的に期待にこたえられなくともクビにならずに短期バイトは給料を満額もらって終わりますし、戦力外通告を受けたのは派遣先で一度だけです。

 

「その業界は向いていない」という事が分かったので、二度とそのジャンルの仕事を人生で選ぶことはありません。世の中の多数の選択肢から向いていない事を見つけ、選択肢から排除できたのは自分の良い経験の一つです。「クビになる」というのも長い人生の中で貴重な体験の一つです。

 

社会や世間を意識するのは止めよう

そもそも社会なんて人生に必須なものかと言われたらそんなものでもありません。世の中には世捨て人として山で一人暮らしをしている人もいます。

 

人間が生きるのに便利だから社会にいるのであって、国籍すら捨てても人生は続くのです。世界には難民や遊牧民など、国に囚われない様々な人間の生き方が、現代でも存在します。

 

日本ばかり見ていると、狭い選択肢の中からしか選べないと思ってしまいがちですが、実はその中以外から選ぶこともできるのです。

 

自己評価が低いとこの選択肢に気づく事はできません。一生世間や他人の顔を見て、「他人の望む自分」を選んでも、「自分の人生」を生きた事にはなりません。

 

自己評価を見直すことで、必要ない事を考える時間を減らし、自分の人生を充実させるための時間に宛てましょう。

 


 

私の人生でトップクラスに好きなゲーム「クロノトリガー」に、こんな名言があります。原始時代編のエイラと長老の会話です。

 

エイラ「お前たち生きていない!死んでないだけ!」

 

長老「お前 強い だから そういえる ワシら そんな力ない」

 

エイラ「それ違う! 力あるから戦う 違う! 戦うから力つく!」

 

 

 

 

せっかくこの世に生まれたのだから、自分の人生を生きましょう。