私はこのブログで「報復は良くない」と何度も書いてきましたが、報復したくて仕方ない、それほど人を恨んで許せない時期がありました。

 

人間が心の底から醜く汚いと感じ、「どうせ皆汚いんだから自分も汚い手を使って生きていけばいいじゃないか」と考えたし、実行しようとした事があります。

 

しかし、どうしてもできなかった。だからその時に私は心の中で受け入れたのです。

 

「やっぱ俺は、悪い事して暮らしていけないんだろうなぁ」と。

 

めんどくさがり屋だから、継続的な仕事を自分で行うのも向いていないし、裏社会の住人になっても中途半端で末路は酷いものになりそうだと。

 

自分の生活のために他人を言葉巧みに丸め込んで、騙して暮らす、新商品の転売などを行うという事をイメージしたのですが(たとえば教材を数万円で販売や、1回の相談料を何万も取って暮らす)など、どうしても罪悪感を感じ、「そのうち自分の心を誤魔化しきれなくなるだろう」と。

 

誤魔化し続けるという事はどういう事か。はい、いじめ加害者達と同類になっていく事です。

 

自分の本心を騙した人の末路

私の近所のいじめ主犯とその取り巻きの彼女達は、「若者が一軒家と遺産を相続して人生を楽に暮らしている」という勝手な想像で自分の嫉妬心を抑えきれず、私の存在を排除したがっていますが、その理由が「子供たちが怯えるから、町の治安が心配だから」と、自分自身に嘘をついて生きています。

 

その本心は、「人生を楽に生きていて許せない」と、主犯が私を言い返さない人間だと決めつけていた頃に言ったこの言葉こそが本心です。夜に私の家の前で取り巻きとともに大声で聞こえるように私の家の方向を向いて言ったこの言葉が本心でしょうね。

実際、他の人に「相続後に、近所からいじめを受けている」と言ったら、話した人のうち、女性陣は「嫉妬だね。」と看破していました。男性も相続後に始まったと聞いたら「あ~それはそれは・・・」といった感じで気づいているようでした。「本心を隠せている」と思っているのはいじめ主犯だけです。

 

いじめ主犯は、相手に対する自分の嫉妬心を認められないから、自分の心に嘘をついて、いじめを始めた理由さえも忘れて攻撃的になりました。実際いじめ主犯は私を攻撃する理由がコロコロ変わっています。

 

「働いていないから」「子供たちが怯えるから」「みんなが安心して暮らせないから」いじめ主犯の話す言葉に、一貫した理由は何一つありません。言っている事がコロコロ変わっています。(全部は家の中から聞こえてしまった範囲のものを書いただけです、自分に向けて吐かれた毒をわざわざ吸いに行く理由はありませんので。)

 

8年自分の本心を偽り、嫌がらせを続けた現在のいじめ主犯はどうなったかというと、近所の人からあまり相手にされていないようです。ちなみに私も相手にされていませんが、いじめ主犯との違いは、相手にされなくとも人生を楽しんでいるし、誰かの悪口を言わなくても心が充実している点です。

 

私には、自分で見つけて、やってきた趣味や考え方がありますから。

 

いじめ主犯は、私が3回目の苦情を言った3年前に見た時の顔は、とても醜いものでした。肌の色は黄色くなり、顔もしわまみれで目も髪も吊り上がり逆立ち、太っています。

現在は1日中いじめ主犯は家の中から私の監視をしているようで、向かいの私の家に配達やセールの訪問に、私の家のドアが開くたびに、いじめ主犯の家の窓が開く音が聞こえます。おそらく自分の家の窓の近くでずっと様子を伺っているのだと思います。ストーカー化していて本当に気持ち悪いです。

 

最近外で見かけたのですが、サングラスをして派手なアロハシャツのような恰好をしてスーツケースを持って歩いていました。ちなみにいじめ主犯は老婆です。女性ですよ。品性の欠片すら感じませんでした。自分の家のそろばん教室を開いている時は優しいおばぁちゃんの格好をしていますが。

 

自分の本心を偽ったり、逃げたりした人間の末路は、誰にもまともに相手にされず、虚栄心で格好だけ強そうに見せる大きなハリボテの後ろに隠れ続ける人生です。

 

歳を取れば前頭葉の「理性のブレーキ」が緩くなります。そうなると日頃から思っていたことが本人も気づかず言葉に出るようになります。

そして自分の言葉をフォローするために嘘をついたり、対象の悪評をでっち上げてばら撒き、同情を誘って被害者面をして、自分が正義であるかのように論点をすり変えて対象を攻撃し始めます。自分を客観視できない上、高齢なので誰の意見も聞きません。加害者なのに被害者面をして、周りに、子孫に、次の世代たちにひたすら迷惑をかける手がつけられないモンスターになります。

 

だからこそ、日頃から考える事、思う事には気をつけた方がいいのです。

 

私がもしも、他人に本心を隠して商売を始めたなら、自身の本心を覆い隠し続ける事になるので、都合が悪い事態になったらいじめ主犯と同じような行動をするだろうと考えました。本心を誤魔化し続けたら、老後はいじめ主犯と全く変わらない行動を若い人達に取るようになるでしょう。それは私が経験したような、理不尽に苦しむ新たな被害者を生み出すことになります。それは絶対に避けたい。

 

「いじめ主犯のような老人になるのは嫌だな。」と心の底から思いました。

だから自分のしている事が客観視できなくなる年齢になるまでに自分と向き合い、ストレスの減らし方、考え方や視野の広げ方を身につけ、自身の人生を謳歌することを決めたのです。

 

方向性が決まれば考えることが一つ減る

そうして自分が光側でしか生きられないと実感したら、もう仕方ないので、真っ当な方法で労働して生きていくしかありません。どれだけ苦しくとも、闇で生きられないと分かった以上、光側で生きていく覚悟を決めるしかありませんでした。

 

だから私は、いじめ加害者たちに報復しないで、自分の人生で趣味や楽しみを見つけて生きると決めたのです。

 

どれだけ報復を考えても、最後には良心の方がわずかに勝ってしまう事が多い中途半端な人間ですが、だからこそ、自分は犯罪に手を出さないように生きると、人生の方向が決まったのでした。

 

皆様も悩みに悩む状況では、自分の心に聞いてみるといいかもしれません。

 

一度自分の心の方向性が決まったら、見える道も変わってくるものです。将来なんて何が起きるか分からないんだから、未来のまだ見ぬ自分の行動を不安がるより、今の自分の選択を信じましょう。