今年で10年になる私のブログ「常在日常」。今年を機に終了する事にしました。一部の記事はこのブログ含め、他のブログへ統合中です。

 

ブログを始めて約10年。飽き性の私がなんだかんだ続けました。

 

私がブログを始めたきっかけって、一つの事を長く続けたことがない事からくるコンプレックスなんですよ。

 

「何か一つでいいから、長く続けてみたい。」っていう。人生で何もかも中途半端で誇れるものが何もない自分が、「何かを変えられるのか分からないけど、とりあえずやってみよう。」と思って始めたのです。

 

続けてきて分かった事があります。それは、日々を無駄に過ごす人などいないという事です。

 

ただ、生きている。これがいかにすごい事なのか。その価値の高さに慣れてしまっていて、より多くを求めているだけだと思います。足元を、目の前を見ないだけなのだと。

 

その人が、自分の1日1日を見ようとしないだけであって、必ずあります。引きこもりやニートであろうと例外ではありません。

 

その人が自分の重ねる日々を大事にしていないから見えないだけです。

 

私はブログをする事で、日々がネタに溢れている事を知りました。ネタがないと思うなら作ればいいし、自分次第でいくらでも何とでもなるのです。

 

ブログを始めた当初は「書く事なんてない」と思っていたり、書くことがなくて書かない日も増えました。それでも日常にはいろいろな事があります。

 

私はブログを始めなければ、自分が子供の頃に見た、うつむいて歩く中年になっていたでしょう。

 

私には子供の頃の自分に誇れるような立派な社会的地位も家庭もありません。世間から見れば「負け組」と呼ばれる類の人間です。

でも、笑って、悲しんで、喜んで、怒って生きる日常は過ごせています。

 

誰かの勝手に決めた評価ではなく、自分の過ごした感情に溢れた日常こそが本当の宝物なのだと気づく事が出来ました。それはブログを続けていたからこそ気づくヒントになったのです。

 

私は10年のうち、1日に人に見られる記事は10個あれば良い方です。数字を気にしてではなく、続けてきた事で得られるものもありました。

 

ただ漠然と日々を過ごしていただけでは、「私は何も手に入れていない!」と、地位や権力、家庭や財力など、「世間が決めた幸せ」ばかり気にして追いかけ、自分自身の人生を楽しくしようと変わろうとせず、誰かに嫉妬して嫌な人間になっていたかもしれません。

 

ブログで稼ぐ能力もない、閲覧数も訪問客も少ない。世間的には無価値なブログでも、私に多くの事に気づかせてくれた、お金で買えない「私の人生の財産」を増やしてくれたブログであることは間違いありません。

 

これからも、私は生きていられる日常に感謝する日々を過ごしたいと思います。もちろん、読者の方々にも感謝しています。ありがとうございます。