特に現代では、無職と言ってもやる事が様々あります。

 

今回は私という無職のある1日の過ごし方について書いてみました。参考になれば幸いです。

 

ある無職の1日

  • 朝起きる。
  • ご飯を食べる。
  • youtubeなどで動画を見る
  • 家事(洗濯、風呂掃除、1階または2階の各部屋の掃除、敷地内の草取り)
  • 映画を見るorゲーム
  • 読書
  • 散髪
  • 出かける
  • 野鳥関連の図鑑を見る
  • お墓参り

 

 

当然ですが、全部を毎日やっているわけではありません。日によって変わります。

 

最近は午前は家でダラダラして、午後は湖まで野鳥の観察や、川へ散歩に行って植物図鑑を片手に植物を見たりしています。自然に興味を持ったおかげで、時々ついでにゴミ拾いをしたりもします。(この時期はハエがたかっているものは避けますが)

 

私の近所にごみが捨てられている事があるので、片付けた事があるのですが、より汚く過激にごみを捨てられていたりして、私の住む地域は民度がものすごく低くなった事に失望しています。まぁ埼玉だし、以前はそんな事はなかったので、これも外国人が増えた影響なのかもしれません。

 

暑い日は家の中で、ツイッターでフォローしている野鳥関連のツイートを見た際に流れてきた野鳥の画像を見て、何の鳥なのか自分の図鑑を開いて調べたり、今まで書いてきた測量野帳の振り返りをしています。

 

ゲームにハマっている時はゲームをやります。

 

読書もそこそこ。筋トレは最近は汗をかくのでやりません。やった方がいいのですけどね。

 

夕方はスーパーへ買い物に出かけて、冷凍食品や野菜を買ったりしています。

 

野菜は冷蔵パックの袋も買って、買って帰ってきたらすぐに野菜を切って、パックに入れて、翌日やその日に必要な分だけ取り出して使います。毎回切ると洗い物も増えるし、面倒だからです。

 

 

一軒家は無職でも意外と忙しい

一軒家の場合、無職でも結構忙しいです。

 

家の中のトラブルは基本的に自分で解決しないといけないので、(マンションやアパートなら管理人に相談すればいい)なので、自発的に解決するために、ネットや書籍で調べたり、ホームセンターに必要なものを買いに行ったりします。

 

草むしりは2~3時間かかるので、めんどくさくてやる気も出ないので、ウォークマンで音楽を聴きながらやります。

 

私の場合、投資信託の信託報酬がありますが、私は元金が少ないので、生活で手いっぱいで貯金もできません。バイトやパートを入れたりしています。

 

現代の無職は暇つぶしがお手軽にできる

現代はインターネットの普及のおかげで、無職でも自分からやる事を探せばいくらでもあります。

 

スマホゲームも無料でできるものがたくさんありますし、お金をかけずにいくらでも遊べてしまいます。

 

逆にやる事が多すぎて、他人にかまけている時間もないし、仕事探しも捗らないかもしれません。

 

恵まれた環境は否定しない方がいい

皆さんもお気づきかもしれませんが、専業主婦や無職がいくら忙しそうに取り繕っていても、働いている人より責任の重さが違うので、忙しいとアピールする言い訳にイライラすると思います。

 

堂々と楽ができる事を享受した方が、ハッキリ言って好感が持てます。働いている人にいちいち張り合っている人がいますが、自分から喧嘩を売るくせに被害者ぶるのは理解できません。

 

「自分も忙しい」だの社会人と張り合ってアピールしても、反感を買うだけです。家庭内で済む事と、赤の他人が関わる事では責任の重さが違うので、かかる精神のストレスも当然大きく異なります。

 

妻が旦那が仕事に行っている間に育児を一人で行うのも精神的なプレッシャーもかかるし、旦那が会社で仕事をするのも家族が路頭に迷わないようにプレッシャーがかかります。それぞれお互いに、大変さが異なるのです。

 

しかし、お互い大変ですが、全く息つく暇もなければ楽しい事など一切何もないというわけではありませんよね?

 

子供が寝れば一息つくし、ひと仕事終われば同じくホッとする。

 

互いに「毎日忙しいアピール合戦」している暇があるなら、「俺(私)が忙しい間、他人が楽して許せない!私はこんなにも苦労しているのに!」と考えている時間を、少しでもリラックスできるように、楽しめるように自分で工夫すればいい。

 

夫も妻もお互いそれぞれの大変さを理解しあおうと想いあえば、良好な夫婦関係を築けると思います。少なくとも私の両親は互いに支え合っていた記憶があります。

 

あなたは結婚式で、神前にて「共に人生を歩く」と誓ったのを忘れていませんか?伴侶を「自分の親代わりの保護者」と考えていると、取り返しのつかない事態になるかもしれませんよ。

 

うちの近所のように、私など、「誰か」をターゲットにストレス発散などはやめてもらいたいですが。誰かの陰口って自分では相手に聞こえてないと思っていても、誰かを通して、またはたまたま壁越しに聞こえてしまったりと、意外と相手に伝わっているものです。「壁に耳あり障子に目あり」です。

 

ハッキリ言って、他人が専業主婦だろうと兼業主婦だろうと、無職だろうと働いていようと、私には心底どうでもいいです。

 

私も無職ですし、それを記事の中だけでなく、現実でも一度も隠していません。もちろん、人によっては嫌な顔をされます。(だから近所の暇な専業主婦達が私をターゲットに8年も貶めて忙しいようですが)

 

だから、今無職で暮らせる喜びを満喫しています。どっかのタイミングで働かなければいけなくなるし、今後も無職で生きられるとは限らない。いずれ現実と向き合う事は必ず来るのです。

 

来るときは来る。その時動けばいいのです。その時動けるように、無職の今、休むなり遊ぶなり、気力を回復させることに集中すればいい。

 

生きる気力が充実しなければ何も楽しくない

無職だろうと何だろうと、その人の職の有無以前に、毎日人の揚げ足取りや悪口を言ったり、暗い顔した人間には、そもそも誰も関わりたいと思いません。

 

無職でも堂々と生きていれば、人は気にしないものです。みんな自分の人生に忙しくて他人に文句をつけるほど暇ではありません。

自分の人生がうまくいかない八つ当たりをしてくる人もいますが、そんな人は職の有無以前に「ひとりの人間」として、周囲からも煙たがられるタイプなので真に受ける必要もありません。

 

人生で本当に大事なのって、自分のやりたい事ではないでしょうか?それが給料をもらえることならそのまま働いている事になるし、遊びであるなら生活のために働く必要がある。

 

働いていようといまいと、人の労働は生活のためであって、人生そのものではないはずです。体や心を壊してまで、無理矢理働くくらいなら一旦止まって人生を見直した方がいい。

 

だから無職で毎日楽しめる時は楽しめばいいのです。遊べる時は遊べばいいのです。

 

自分の中の生きる気力を充実させてから、働くなり、新しい事を始めるなり、また人生を歩きだせばいい。

 

私はそう考えています。