今回は私の片づけについてのルールを紹介します。参考になれば幸いです。

 

私の断捨離ルール

  • 処分する際に迷うなら取っておく。(処分した後に後悔する事になるため)
  • 処分するなら必ず写真を撮っておく。(写真を見て処分したものがまた欲しくなる欲求を防ぐ)
  • Twitterやブログの記事にしておく。(なぜ処分できないのか、それは買った状況や、使ってきた自分のエピソードがあるから。だからエピソードを書いて残す。)
  • 「物はいつか壊れたり無くなる日が来る」と意識し、大切な物を手放す日が来てもいいように、心構えをしておく。
  • その物が無くなっても生きて行けるようにシミュレーションをする。

 

断捨離は捨てるものは一気に捨てて、心に引っかかったら保留

断捨離は一気にやると気持ちがいいのですが、自分の今まで生きてきた、人生の気力の源を失うリスクもあります。

 

特に趣味関連のものは、自分の人生の一部も同然のはず。簡単に処分できないものも多いのではないでしょうか。

 

だから特に趣味関連のものは時間をかけて少しずつ、慎重に行う事をお勧めします。

 

逆にそれほど思い出の残らないものや替えのきくものはすぐに処分します。その中でも、思い入れのあるものはもちろん省きます。

 

全体的に処分するものと、保留するものを分けるのです。処分するものはとっとと処分して、保留するものはじっくり捨てて大丈夫か自分の心と相談する。そうして取っておきたいものは取っておく。

 

まずはものを減らして、判断や検討する数を減らした方がいいのです。なぜなら判断も体力を消費するからです。

 

マイクロソフトのビルゲイツも、2人ほど社員の説明を要約する人材を雇って、社員の説明を要約させ、自分はプロジェクトの選択だけをしていました。忙しすぎて一人では時間も体力も足りないからです。

 

物を一つ買ったら一つ減らす

私は新しく物を増やした場合、一つは処分するようにしています。こうする事で管理もしやすくなり、自分の生活に必要なものの精査も向上します。

 

どうしても捨てられないなら、一時保管場所を用意します。

 

物は一杯にしない

よく棚などの設置場所を作ると、一杯にしないと気が済まない人がいますが、止めた方がいいです。物欲に終わりはありません。

 

たとえ「ここで終わりだ」と思っても、自分の感性にビビッと来る物と出会う日が来ます。その時に棚がない場合、新たに棚を作る事になります。

 

結果、物が増えすぎて、埃も溜まりやすく、衛生環境が最悪で気に入っていたのに、いざとなると使い物にならないかもしれません。

 

夏は特に湿気でゴムはベトベト、合皮の手帳は張り付いてボロボロなんて事になっているかもしれません(実体験)。仕方ないので写真を撮って処分しました。たまに写真を見て思い出したりします。

 

私が断捨離を思い留まったものの一例

最後に、私が断捨離して処分する事を思い留まったものの実例を二つ紹介します。

 

思い出のカメラ

一つは、約10年前に買ったデジカメのLUMIX  今ではスマホの方が圧倒的に性能が良いです。でもこのカメラには、お金で変えない、私だけにしかわからない価値が詰まっています。 

私がこのカメラを買った時は、手取り11万円家賃2万8千円のアパート暮らしの頃です。バイトの帰りに近くのドンキ・ホーテに半額弁当を買いに行く私は、半額シールが貼られる前の時間潰しに他の階へ行きました。

 

その時、この手のひらサイズのデジカメに一目ぼれしたのです。税込みでセール1万円ちょっとのデジカメ。在庫は極小。

 

当時の私にはその1万円すら払うのが厳しい暮らしです。だから来月に買うために食費を節約してお金を貯めました。「どうか俺が買うまで残っていてくれ!」と願いながら1か月間、ハラハラしながら過ごしたのを覚えています。

 

そして買いました。このカメラを持って色々出かけました。しかし、2023年の今ではもうスマホのカメラの方が性能がいい。必要ないと思ってデータを消して処分しようとしました。

 

データを見ました。私が人生初の富士山へ登った時の記録。相続して埼玉へ来てからの記録。見た瞬間、このカメラを持って出かけた思い出が蘇りました。写真は確かに残ります。でもこのカメラで撮ったのです。私の思い出の証拠でもあるのです。

私はその時、「今はこのカメラを処分するべきではない」と判断しました。

 

思い出のおもちゃ

約30年前、アニメ「ドラゴンボールZ」を見ていました。あの頃の引き延ばしは本当にヤバかったですねw

毎週楽しみにしているのに、いつも悟空とフリーザの殴り合いから先に進まない。「いつ超サイヤ人になるんだよ。」と、内心呆れながら見ていた小学生です。

 

そんな私が当時欲しかったのは、悟空のフィギュアです。このフィギュアは超サイヤ人の悟空とトランクスの2種類発売されていました。私は悟空のフィギュアが欲しかったので、探していたのですが、どこも悟空は売り切れでトランクスしか売っていなかったのです。

 

諦めきれなかった私は、悟空を探していました。ある日、ついにイトーヨーカドーで見つけたのです。すぐに買ってもらいました。

 

かめはめ波のポーズが取れるフィギュアという売り文句だった気がします。

 

 

この悟空、道着の腰の帯がないのにズボンが下がってきません。その理由は、当時、母に服を縫ってもらったからです。服を縫わないとすぐにズボンが下がってしまうので遊びづらく、イライラしていた私は、母に縫ってもらう事にしました。

 

当時、「縫い付けたら脱がせなくなるけどそれでもいいの?」と聞かれ、「いい」と言って縫ってもらいました。

 

そう、このフィギュアには、亡くなった母との思い出が残っています。30年前の事すら鮮明に思い出せるくらいです。父と母と祖父母と一緒に、当時色々なデパートに行って探してもらった思い出があります。

 

私が家族にどれだけ愛されてきたか、恵まれてきたか。たとえ皆亡くなってもその証はここにある。そして私の心の中に繋がっているのです。

 

 

40歳のおっさんがフィギュアを持っていて、事情を何も知らない人達は「中年男性が昔のアニメグッズを持っていて気持ち悪い」とバッサリ切り捨てることでしょう。

 

しかし、ものには人が知らない「持ち主だけが知っている思い出」があったりするのです。そしてそれは、誰がいくらお金を出しても買えないものです。

 

お金は生きていくために大事ですが、お金だけが人生の全てではありません。

 

断捨離は、慎重に行いましょう。

 

 

 

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