この10年何度も「嫌だからやめてくれ」と言っても嫌がらせを止めず、未だに嫌がらせの監視を続けてくるいじめ主犯や取り巻きのおかげで、女嫌いになりました。

私は男性ですが、心を持っていて、自分の人生を生きるひとりの人間なんですよね。だから傷つけられたら苦しいし辛い。傷はいつまでも残るのに際限なく傷つけてくる連中がいる。

んで、10年もその心を傷つけられ続けて発狂したり自殺未遂をしたりでそれでもいじめは止まなかった。その上、加害者達がまるで被害者かのように振舞い続け、嘘をつき続ける。なんでも人のせいで自己保身しかない。

そのくせ表ではまるで淑女かのように振舞い、相手を許容している人格者かのように演じる。



そんないじめ加害者の老婆たちや近所のバレるまではいじめに参加していた主婦など、子供の頃は良い印象だった女性達の姿を見続けて、今、彼女たちのやっている行動の醜さ、見苦しさに嫌になりまして。

全然関係ない女性を見ても「どうせ世間体だけで、中身はウチのご近所さんと変わらないだろうなぁ・・・」「歳を取ったらウチのご近所さん達みたくなるんだろうなぁ・・・」って感想しか浮かばなくなりまして。

ただ、それは私だけの感想なので表に出さないようにしていますが。なるべく女性の近くには寄りたくないですね。申し訳ないのだけれど。

人の人生を気分で簡単にメチャクチャにできちゃう人達が近くにいるのは恐怖でしかない。



もちろんそんな女性ばかりではないと頭では分かっているので店員さんとかに酷い対応とかはしていませんが。生涯独身の予定なのでそれでいいと思います。

怒りや憎しみとかじゃなくて、「そもそも見たくない、視界に入れたくない」って感じなので恨んで犯行とかはしないかと。

「そういう種族が存在するのは尊重するけど、なるべく人生で関わらない事を祈る」って感じ。



もう心が限界越えててそれでも終わらなくて「無」になった感じなんですよ、私



性欲がほとんど無くなったのがラッキーです。アダルトビデオとかで性欲を解消する必要もなくなり(ビデオやドラマで現実の女性を見るだけで気分が悪くなる。二次元バンザイ。)、その分、時間を他の事に使えます。

私はそもそも人間自体とプライベートでは関わりたくない感じですから。自然を感じられて、太陽や夜空の星や月を見ているのが一番の癒しになります。つまり、今まで通りです。



ケンドー小林の「女体は好きだけど、女性は好きじゃない。」という言葉の意味を体験で以て理解したのでした。

結局人間って「心」も含めて一つなんですよね。いくら外見だけ取り繕っても中身が伴ってない人間とは関わりたくないんですよ。
男性だって人間ですからね。ATMでもないし性欲だけの猿でもない。サンドバッグでもない。ちゃんと「一人の人間」として互いを認めてくれる人と関わりたいんですよ。

なぜか現代では忘れている人がとても多いですけど。