意を決して、私は彼女の家を訪ねました。しかし、留守でした。一度心が挫けそうになります。しかし、この先もずっとこうやって何も言えずに終わるのはもう嫌だと考え、確実に家にいる夜の21時以降に訪ねる事にしました。

 

私の住む地域は車一本分の道路を挟んで一軒家が並んでおり、奥に畑、近くに小学校があり、密集しています。(そのため、近所の方達が外で話している声は聞こえています。彼女達の難癖や誹謗中傷を私は相続してからずっと一人で耐えてきました。)

 

夜の21時。いつものように車で出かけた彼女達が帰ってきました。私は恐れ、迷いましたが、外に出ることにしました。外に出てしまえば、後は家に向かってチャイムを鳴らすだけです。

 

意を決し、チャイムを鳴らし、彼女は2階の窓から顔を出しました。

 

「あら、どうしたのこんな夜更けに?」

「すみません、ちょっと話があるので降りてきてもらっていいですか?」

「は~い、今行くわね」

 

そして下りてきて話をしました。

 

涙目、声が小さい、体は震える、それでも立ち向かった結果・・・

ハッキリ言いましょう。客観的に見て私は誰がどう見ても情けない男でした。

 

いざ彼女が玄関へ来ると足は震え、涙目で、声もすごく小さく聞き取りにくい。鍛えた体に見合わぬ精神の弱さです。

 

それでも私は伝えました。陰口悪口をやめろ、と。

 

ちなみに、口論の結果は、完全に敗北です。

 

話し合いは無駄だとよく分かった。

私が喋っている最中も話を聞かず、まくし立てていました。しかしその内容は、自分の保身ばかりで、心にもない嘘を重ねているようでした。私が再び話し始めようとすると、さらに話し続け、まるで私の話を聞いていません。自分の言いたい事だけ延々と喋り続けています。

 

以下、彼女がまくし立てていた内容です。他にも言っていたのですが、私の喋り出そうとするとまくし立て遮り、私が話す隙を与えなかったのです。「この人とは話し合いにならないな。」と、実感しました。私の悪口を4年以上続けて、周りの近所の主婦にもそうするように仕向け、言葉のリンチを続けていた人間なので何一つこの人が喋っても信用しませんでした。

 

「あなたは勘違いをしている!私は塾の先生よ?子供達に教える立場なの!いじめなんてそんな事しないわ!第一私はいじめられていた側なの。昔この近くに暮らしていた人が意地悪な人でね?でも、私は負けないように追い出したの!だからいじめられていた気持ちが分かるわ。私達はあなたに感謝しているのよ?いつも土手の掃除してるでしょ?みんな感謝してる。あなたは一人で頑張ってて偉いって!だから全部あなたの勘違い!あ、ほら、ウチの猫も懐いている。いい人には動物が寄ってくるのよ!そうだ!おかず余ってるから分けてあげようか?」

 

結局主犯のこの老婆は、何一つ自分のした事を認めませんでした。そして全てを「私の勘違いだ」と言い切ったのです。

 

私は本人の声で何年も直接聞いているし、彼女が私に言った事も復唱しました。そうしたら上記のようにまくし立て、私に喋る間を一切与えませんでした。

 

被害者の私から直接言われても、反省する素振りも謝罪の一言も一切ありませんでした。

笑いものにして誰一人非を認める事もなく、謝罪も無し。自分達が迷惑を受けている被害者という態度をされた。

そして後日、周り近所を集めてそのことを話します。周り近所は笑っていました。

 

そして主犯と隣の家の仲の良い主婦は「早く行こうよ。でないと、またいじめって言われちゃうよ!」

 

「アハハハハ!」と、とっても楽しそうに笑ってましたよ・・・

 

あれだけ勇気を振り絞って、結局はこの近所の人達は誰一人自分自身の非も認めず、謝罪もしない結果になりました。それどころか「私が悪い。」と言う結論です。そしてそれは現在までずっとそうです。

 

私はこの人達を子供の頃から優しい大人たちだと好印象でしたが、「この人達は私を人間扱いするつもりはないんだな。」とハッキリ分かりました。自分の心の中で何かが無くなったような錯覚を感じました。

 


 

私が引き継いだ家は、祖父母や両親、叔父が私に受け継いで欲しくて続いた家です。私が幼い頃に、「老後はこの家で暮らしたいなぁ」と言っていたのを覚えていたのかは分かりませんが、将来的に私に引き継いで欲しいと言っていました。

 

叔父の生命保険なども私の名前で入っていました。いじめが始める前、叔父が亡くなった直後も周りの近所の方々が言うには、「私に引き継いでもらって、自分は老人ホームに隠居しようかな」と言っていたそうです。そして叔父が亡くなり、私の相続から数ヵ月後にいじめは始まりました。

 

私の近所の老人方は私の家族の思いを知っていて、それでも平然と、それどころか楽しそうに毎日私にこの仕打ちを何年もし続けたのです。

 

私は家を気に入っているし、何より悪い事も何もしていないのに理不尽にいじめられ、引き継いだ家を逃げるも同然に捨てるのは嫌だと心が叫んでいました。

 

引越しをせず、周りから誹謗中傷されても、一人で生きていくための心の強さ、軸を持ちたいと願うようになりました。自分の信じる人間のあり方を、子供の頃の自分に誇れるくらい強い心を持ちたいと。

 

しかし、心の軸を持つ前に、目の前の苦しみを乗り越える必要がありました。

酒浸りの毎日に突入

勇気を出した結果がこれです。私は正直狂いそうでした。いや、既に狂っていたのかもしれません。この頃の記憶は曖昧です。

 

家には祖母や母がつけた梅酒や果実酒(焼酎でつけているため度数は40)がありました。私の家は酒に弱い家系です。私自身、ビール一杯で(度数は5)酔っ払います。

 

毎晩このお酒を飲みました。そのままだときついので炭酸で割りましたが。それでも足元がおぼつかず、家の中で転ぶくらいには酔っ払ってました。

 

「ふざけるな!」など、あまりにも理不尽なこの対決の結果に、ありとあらゆる罵詈雑言をひたすら連呼していました。

 

当然ですが、周り近所からは頭のおかしな人間扱いです。自分達がし続けている陰口や難癖が原因だと、加害者達の誰一人として考えていないようでした。

 

「無職はやっぱり頭がおかしい。あいつは犯罪者と変わらない。」そういう烙印を押されたようでした。

 

外を歩いていたら近所の方達と遭遇します。主犯と仲の良い子供連れの若い近所の夫婦は私を見ると、「早く家に入りなさい!」と自分の子供達に言い、子供達は「あ、無職のおじさんだ!」と言います。

 

自分達の旦那さんにも吹き込んだようで、「なんで無職なのあの人?」など、世間話の一環でいつも私を貶す人が近所には増えました。

 

確かに無職ですが、引き継いだ遺産の中から相続税の手続きもして、毎年の税金もちゃんと納めているし、自治会のルールに従って暮らしています。犯罪もしていませんし、彼女達のように陰口や悪口も広めていません。

どうして全く血縁関係のない、赤の他人の家庭の人間に対して「無職」というだけでここまで酷い目に遭わせられなければならないのか?そもそもそれほどの心的外傷を与えた加害者達はなぜのうのうと、誰にも何にも裁かれず許されているのか?

 

今でも納得がいきません。他人の家庭のプライバシーを勝手に広め、誹謗中傷し続け、社会復帰をしづらくしている一方的な加害者達はなぜ何もお咎めなしで、被害者はどうしてここまで苦しむのか?

 

「正論だから。」と言って他人の家庭の広めて欲しくない事まで勝手に広めて、他人を糾弾する人達に疑問を感じます。正義や正論といった「正しさ」を盾にすれば、人はどこまでも残酷になれるのだ。と、よく分かりました。

特に大人なら、正論が全てを解決するわけではないと人生経験で分かるはずです。信じられないほど思いやりの心を持たない人達だと感じました。たとえば自分の家庭にリストラが起これば明日はわが身でしょうに。

 

話を戻しますが、どうやら私は周り近所に完全に無職として広められました。主犯は小学生向けのそろばん塾の経営をしているし、その主婦の子供達を孫みたいに可愛がっているので、私のことを広めたのだと思います。(「ちゃんと勉強しないと無職になるよ!あの家の人がそう。」みたいな事を言っているのはうっすら聞こえてました。ただ、それが私を指したかは証拠がないので分かりませんが。)

 

特に主犯は、私が家の外回りの掃除をしていたりすると、近くの人に「あの子は無職だから。」と、通りがかる彼女の知り合いに一言吹き込んで行きます。私に社会復帰をされると自分達の遊べる「玩具」がなくなるから本当は死ぬまで閉じこもっていてほしいようです。

 

彼女の根本にあるのは妬みであり、それは前回で彼女が私に聞こえるように言った事からもわかります。私に原因がないと分かっていても、子供の頃から信用していた人に、結局は「私」ではなく、「相続したただの金持ち」としか見られていないんだと分かったのが本当にショックでした。

 

私の家族が皆亡くなって、一人になった私を表向きは心配している素振りを見せて、結局は人を財産でしか判断していなかった主犯。そしてそれに同調している近所の同じく子供の頃から知り合いの人達。あまりにも醜い人間の感情に言葉にも文字にもならない苦しみで書きようがありません。言葉にできません。

 

他の子供達や周り近所の子供達も「あの家の人は無職なんだぜ。」と言っていたので、おそらくこの近所全てに私が無職だと広がっていました。味方などいませんでした。

 

毎日酒を飲んで、怒鳴って、叫んで、家の中で暴れている日々でした。幸い一人暮らしなので、誰かに八つ当たることはありません。何度も死のうと考え続けました。

 

自分を責めた後は、こんな理不尽な目に遭わせた近所の方達への憎悪で一杯になったのを覚えています。

本当に世の中には表に出ない理不尽な事柄があるのだと自身で体験しました。子供の頃から知っていた人達でしたが、完全に憎悪と敵意しか今の私には残っていません。今は近所の人というより、「敵」と認識しています。そのため、現在では挨拶すらしません。顔を見れば殴りかかってしまいそうなのを堪えているためです。他人に対して抑えきれない本物の殺意とも憎悪とも呼べる感情を持ったのは生まれて初めてでした。

 

子供の頃から知っていて信用している方達。それが、家の皆が亡くなって、一人相続した私に一方的にこうした陰口や難癖をし続けて、人の人生をメチャクチャにして、何も悪いと思わない人達。

私は人間という生き物の醜さに絶望し心の底から嫌い、人間不信になりました(特に女性不信)。そしてこれは緩和してきたとはいえ、現在の私にも影響を与え続けています。

 

どうにもならない怒りと憎しみに毎日苦しみ、自分が誰なのか、記憶がなくなる事もありました。

自我崩壊寸前まで追い込まれた

 

酒を飲んでいない時でも、家にいるのに「ここはどこなのか?自分の名前はなんだったのか?」分からなくなったりしました。その都度、免許証や健康保険証を取り出し、意識を集中して過去を振り返り、自分の名前、起きた出来事などを思い出し、「俺は○○(両親)の息子で、今この家は母の実家。俺が相続して暮らしている。」と、確かな自分の記憶だと確信できるまで続けました。

 

相続手続きをしていた当時の日記や手帳を読み返し、自分が誰で、どうしてこの家にいるのか状況確認をしました。手帳をつけていた事で、私は「自分の存在」というものが薄れ、記憶を疑って混乱しても、見失う事はありませんでした。

 

書いてある記録は事実であり、そう確信すると少しずつ「自分が自分である」という感覚が戻ってきたからです。私のこの症状はすぐに治まりました。大体1ヶ月くらいで頻度は曖昧ですが、そこまで長くこの症状は続かなかったような覚えがあります。

手帳

 

買い物に出かけても、毎日独り言が声に出てしまいます。あまりのストレスから、以前より酷くなっていました。頭の中は怒りと憎しみで苦しみ、それを気づいたら声に出していました。頻度は日に日に多くなりました。

 

私は買い物に近所のスーパーに行くのですが、変人と思われているのか、明らかに私がレジに並ぶと、店員の顔が曇るのがわかりましたし、声のトーンが変わります。

 

そして他の主婦などの客も私がスーパーで食材を選び出すと、周りから人がいなくなりました。夕方17時のこの光景は異常とも言えました。

 

私は近所のスーパーを利用できなくなりました。(ここら辺は私の主観なので思い込みも入っていると思います。)みんなが犯罪者を見るかのような目で私を見ているようでした。私は再び日中に街を歩けなくなりました。

 

悲劇のヒロインを気取るつもりはありませんし、妄想と言われればそうかもしれません。

 

ただ、近所の方々が難癖をつけたり陰口をしなければ、そもそも私にこんな問題は起こらなかった事です。他人から一方的に、勝手に押し付けられた理不尽な苦しみに怒るのは人間として自然な反応です。

 

また引きこもり、夜中にしか出かけられなくなりました。次回へ続きます。

 

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