あなたたちは自分もしくは他人の選択の結果、無職になりました。ですが、それを責めないでほしいのです。

おかしいのは石を投げる人々!

私たちが無職になるのは、新しい可能性を求めるため、リストラにあった、人間関係で挫折した。と様々な理由があります。

 

問題があるのはそういう人たちに石を投げる人々です。

 

日本のおかしな所は一度レールから外れた人々を当たり前のように叩くことです。レールから外れたならまた戻ればいいんです。ただそれだけの話です。

 

おかしいのは、必死に元の生活を取り戻そうとしている人々に、わざわざ嫌がらせをしたり、辛辣な言葉をかける人々です。この人達は自分がリストラなどにあったらどうするのでしょうか?

身勝手に他人を傷つけて放置です。ハッキリ言って最低です。

 

問題は国民と、国のいじめ対策にある。

無職を経験した方なら分かると思いますが、最初は遊んでいても、いずれ自分からまた働きたくなります。しかし以前の人間関係や自分の能力不足を痛感したことからそこで勇気を踏み出せず、何年も職歴に穴が開き、結果的に鬱になったり、自殺に走る人もいます。

 

そして無職の方は人生が楽しいという方も多いですが、ほとんど虚飾です。いずれ何も誇れるものもなく、安心して外を出歩けなくなる事もあります。

 

ではなぜ戻れないのか?それは心にトラウマを抱えているからです。以前の職場のいじめ、自身の能力不足から来る人生の閉塞感、息苦しさ。それに気づかず、肉体に影響が出るまで放置してしまった結果なのです。

 

心の病は表面に出てしまうと完全にアウトです。その頃には病状は深刻です。癌と同じです。

 

ところが周りがどんどん本人のペースを乱していき、メンタルを整える暇もなく、ペースを崩したまま再び働きだし、さらにメンタルを崩して最終的には重度の鬱という人生をメチャクチャにされるコースに突入する事もあります。

 

別のケースでは面接を受けに行ったら、職歴に穴が開いていることで小馬鹿にされたケースもあります。私も体験しています。ものすごく失礼な態度で、人を見下したように喋り、質問し、本当に失礼でした。

 

日本が一番おかしいのは、加害者側をずっと放置していることです。被害者が誰かに害を及ぼさないかぎり特に問題はありません!

加害者側こそカウンセリングや精神科に通わせるべきです!加害する側が悪いから法律があって、裁かれるんでしょう!!犯罪者の精神鑑定はあるのに、いじめ加害者の精神鑑定はなぜしないのか!!

 

そうでないと日本の現状が変わる事はありません。問題は日本の大人達の精神にあるのです。連鎖を断ち切るなら、精神を育てるほかにありません。

 

職業の多様化で選択肢は増えたものの・・・

今はブロガー、Youtuber、クラウドワーカーなど、働く場所を選ばず、自由な職業選択も出来るようになりました。

 

良い時代ですが、なかなか受け入れられません。そもそも労働とは何でしょう?Goo国語辞典によると

 

からだをつかってはたらくこと。賃金を得るために体力や知力をもって働くこと。

とあります。つまり、場所や時間、賃金の金額について定義はありません。

 

ところがいまだに決まった時間、決まった場所以外、そしてある程度の収入以外での労働は受け入れられていないのも事実です。

 

特に団塊以降のご老人方には理解できないようで、それだけならまだしも、酷い方々になると誹謗中傷を流したり、あらぬ噂を周りに吹き込みます。しかもそれを鵜吞みにする方々も多いのです。

 

結果的に心を病んでしまい、外出しにくくなった経験のある方もいるのではないでしょうか?また、結果的にカフェやコワーキングスペースを利用するようになると思われます。まだまだ自宅で働いたりすると、主婦に変な噂を流されるなどの弊害は多いです。

人間は働くために生まれたわけじゃない

人間はなぜ働くのか?それは様々な理由があると思います。人によって事情は異なります。ですが、人間は働くために生まれたわけではありません。

 

何も望まないのであれば、ホームレスになればいい。ホームレスも一日に得る収入は少ないですが、アルミ缶などを1kg集めて持っていくと100円前後もらえる業者などに持っていきます。たとえ税を納めるのに足りなくとも、これも立派な労働です。

 

私たちは国の保護を受ける気がないなら、そういう生き方もできるというわけです。人間は皆生まれた時は自由で、年を取るにつれて知識や経験を得て、やがて働きます。ですが、もう一度考えてほしいのです。人間はロボットではありません。心を持っています。中には自己愛が肥大し、他人の事を道具のように考え、人間扱いしない方もいます。ですが、そういう方達もロボットではないからこそ、そのような事をしてしまうのです。そしてそのような被害を受けた側が怒りを持つのも許せないのも、「心」というものがあるからです。

 

笑ったり泣いたり、怒ったり喜んだり。人間は労働するために生まれたのではなく、人生を楽しむために生まれたのだと思い出してください。

 

子供のころ、初めて一人で知らない町へ出かけた時の気持ち、初めて自転車に乗れるようになった気持ち、字が書けるようになった幼稚園の頃、おままごとをしたこと。

 

もしも人生で一度もそんなことがなかったなら、これからやってみてください。子供のころの自分、誰かの思想や教えを受ける前の心を思い出してください。

 

やりたい事が見つからないなら、外に出てみてください。心ができないと思っていることを試してみてください。その結果成功しても失敗しても、一つの可能性を確かめられたというだけで、人生です。70億人もいるのです。いろいろな人生があって当たり前です。軽いノリで生きましょう!

おすすめの記事